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『FUJIROCK FESTIVAL '19』を振り返る(1):象徴的なジェンダーバランスとアジアルーツ

2019/8/29 18:35 SPICE

『FUJIROCK FESTIVAL '19』 撮影=SPICE 『FUJIROCK FESTIVAL '19』 撮影=SPICE

今年の夏はなんだかおかしい。異様に長い梅雨、明けていきなりの猛暑。そして『フジロック』から一ヶ月を経過した今は再び梅雨のような様相だ。今年の開催2日目は台風6号の影響で終日の豪雨に見舞われ、タフなフジロッカーもさすがに日がな1日雨を避けられない状況は堪えたと思う。おっと、自己紹介が遅れたが、私は昨年同様、速報レポートを担当するチームの一人として前夜祭から稼働した。作業スペースがある分、終日雨に晒される人たちよりマシではあるのだが、1日数本のアクトを立ちっぱなし、耐水性のあるノートにレインウェアで守りながらメモをとったりしていた。そんな中でもSIA終わりにグリーンステージからオアシスエリアに牛歩のごとく移動していた際、橋から見た濁流の勢いの恐ろしさは今でも音を伴って思い出せるぐらいだ。

年々、夏フェスは台風とどう折り合って行くのか?が最重要課題になりつつある。さて、豪雨の記憶も伴っての今年の『フジロック』だが、大きく“ジェンダーバランスのシフト”“アジアルーツ・アーティストの活躍”、そしてサブ・テーマとして“救われなさを共有することで生まれる何か”という、個人的なテーマが残った。

『FUJIROCK FESTIVAL '19』 SIA 撮影=SPICE『FUJIROCK FESTIVAL '19』 SIA 撮影=SPICE

まず、最初の出演者のジェンダーバランスについてだが、ビョークに続く二人目の女性ヘッドライナーとなったSIA。今期どころかしばらくライブを行っていない彼女が初来日の場所に『フジロック』を選んだことの重要性に、個人的には実はそれほどピンと来ていなかった。しかし実際、蓋をあけると“分身”めいたマディ・ジーグラーをはじめとするダンサーたちの完成度の高すぎるパフォーマンス、1時間半、ほぼ微動だにせず歌い続けるSIA、そして実は左右の巨大モニターに映し出されているのはあらかじめ撮影された映像で、寸分たがわぬステージがトレースされているのでは?という情報にライブ終了後触れた時の驚き。音楽的にはアメリカン・ヒットチャートの王道路線でありながら、あの人間同士の分かり合えなさや、後悔、仲直り、再びの瓦解を繰り返すパフォーマンス。号泣しても豪雨で涙も声もかき消される。偶然にしても感情を吐き出すには最適なシチュエーションだったと思う。モッシュピットはいざ知らず、3〜4万人が1時間半立ち尽くして集中するヘッドライナー。フェスでこれをアリにしたSIAには恐れ入った。

『FUJIROCK FESTIVAL '19』 MITSKI 『FUJIROCK FESTIVAL '19』 MITSKI
『FUJIROCK FESTIVAL '19』ジャネール・モネイ 撮影=風間大洋『FUJIROCK FESTIVAL '19』ジャネール・モネイ 撮影=風間大洋

さらに9月でライブ表現からは身を引くことをアナウンスしていたMITSKIの机や椅子を使った器械体操とヨガとダンスを組み合わせたようなステージも、“束縛”をイメージさせる演出で、1曲1曲、舞台の演目を見るようないい緊張感と演者としてタフになった彼女を堪能した。他にも私は音漏れしか経験できなかったが、20年代のファンクを意識させる新たなスーパースター、ジャネール・モネイのパワフルなステージ、オーストラリアの女性オルタナティヴ・アーティストの豊穣を示唆するコートニー・バーネットやステラ・ドネリー、日本からは音楽そのものが躍動しているかのような中村佳穂も外せない。ジェンダーバランスは数が同じならいいというわけじゃなく、今年の顔的存在に数多く女性アーティストが居並んだことに大きな意義を感じる。しかもジャンル的にはバラバラなのも素晴らしい。

『FUJIROCK FESTIVAL '19』never young beach 撮影=風間大洋『FUJIROCK FESTIVAL '19』never young beach 撮影=風間大洋
『FUJIROCK FESTIVAL '19』 平沢進 撮影=SPICE『FUJIROCK FESTIVAL '19』 平沢進 撮影=SPICE

もう一つのテーマである“アジアルーツ・アーティストの活躍”については、前段と被るのだがMITSKIのステージの新しさ。ちょっと楽曲が浸透していなかったせいか、もしくは終始バンドがクールにプレイしていたせいか、淡々と進行していたHYUKOHも音楽性の幅を体感させてくれた。また、グリーンステージに大抜擢されたnever young beachの、愉快さの裏に秘めたストイシズムやら、どんどん増えて行くオーディエンスやらに感動して我がことのようにニヤニヤしてしまう感じ。残念ながらヘブンまでたどり着けなかったが大盛況だったらしいクルアンビン、ヴィンス・ステイプルスと丸かぶりで悲嘆にくれつつ、選んだ人たちが“神”と称賛した平沢進大先生のアクトなどなど、『フジロック』には欧米メディアがもてはやすのとは少し違う種類のアジアの才能が大挙出演していたのだ。

『FUJIROCK FESTIVAL '19』 ヴィンス・ステイプルス『FUJIROCK FESTIVAL '19』 ヴィンス・ステイプルス

最後にこれは感覚的なことだけれど、SIAやMITSKI、そして名声に興味のなさそうな、しかし恐ろしいカリスマを持ったヴィンス・ステイプルスのアクトにも感じた“救われなさを共有することで生まれる何か”を表現の軸に持ったステージに感銘を受けたことについて。開放的なフェスティバルという空間で、孤独や閉塞を発散するというより、前提とした音楽で何千、何万という見知らぬ人たちが心を震わせ、各々熱狂している状態は個人的に非常に信じられる空間だ。フェスティバルに向いている音楽なんて誰にも決められないし、ことはそんなに簡単じゃない。その簡単じゃないマインドに寄り添うラインナップが今年も実現していた。まぁ、多様性そのもののようなフェスだからそれも当然なのかもしれないが。

来年は1ヶ月時期をずらしての開催になる『フジロック』。近年同様、台風の影響はもちろん、山の気候が1ヶ月でどう変化するかも注視するべきだし、時期がずれることでラインナップにも影響があることだろう。いずれにしても自分が感覚をオープンにしていれば、また何かキャッチアップできるはず。1年、きっとあっという間だ。

 

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