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『BRIDGE KUMAMOTO』は、クリエイティブの力で助け合いの未来をつくる。

2019/8/22 15:20 ソトコトオンライン

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「クリエイターだからできる復興支援がありました」。『BRIDGEKUMAMOTO』がデザインしたのはブルーシートをバッグにして、熊本地震にポジティブに関心を持ち続けてもらう「ブルーシードバッグ」。そこから生まれた「災害への備え」とは?

復興支援とクリエイターをつなぐ。

「2016年4月14日、夜の9時30分前に一度目の大きな地震がありました。ただ、ずいぶん揺れましたが停電もなく、事務所の本棚が大変なことになったくらいで、自分の周辺では大きな被害はありませんでした。しかし1日おいた16日未明、さらに大きな地震が来ました」『BRIDGEKUMAMOTO』の代表理事でデザイナーの佐藤かつあきさんは、体験した熊本地震のことをこう振り返る。

震度7の地震が2度観測された熊本地震では熊本県、大分県で273人が犠牲になり、多くの家屋が倒壊するなどして、18万以上の人々が避難を余儀なくされた。

被災地の様子。被災地の様子。

『BRIDGEKUMAMOTO』は、「災害は大切なものを奪う。でも、災害に創造力までは奪えない」を合言葉に、クリエイティブの力で復興にアプローチする団体だ。地震から約1か月後の5月、県内のクリエイターやフリーランスワーカーが中心となって設立した。地震の影響で、仕事面での受注が減るなか、「それなら熊本の支援につながることをしよう」という思いで設立した。

『BRIDGE KUMAMOTO』のキックオフミーティングは2016年6月、情報を県外に発信していく意味もあり、東京・港区の『六本木ヒルズ』で行われた。『BRIDGE KUMAMOTO』のキックオフミーティングは2016年6月、情報を県外に発信していく意味もあり、東京・港区の『六本木ヒルズ』で行われた。

理事の一人で、ドローンでの撮影や調査などを行う会社『コマンドディー』を経営し、自身もドローン・パイロットである稲田悠樹さんは、「僕自身も普段の仕事がストップしました。一方で、県外の企業から『被災地の方々に、何か役に立てることはありませんか』と相談を受けたりもしました。そんな思いをつなげて仕事を生み出したり、僕たちにできることで復興支援になればと活動をスタートさせました」と語る。「BRIDGE」という言葉には、「社会課題とクリエイターをつなぎ、クリエイティブの力で復興の懸け橋になりたい」という思いが込められているが、熊本県民の多くが愛着を持っていた「阿蘇大橋」がイメージされている。阿蘇地方と熊本市内をつないでいた阿蘇大橋は、全長約200メートルの大きな橋で、2度目の地震で崩落した。佐藤さんは話す。「熊本城の被害にも驚きましたが、生活により密着していた点で、阿蘇大橋の崩落は県民にとってショックが大きかったです」。

阿蘇大橋の崩落現場。県民が日常的に使う橋だった。阿蘇大橋の崩落現場。県民が日常的に使う橋だった。

「ブルーシート」を、ポジティブに転換したい。

『BRIDGEKUMAMOTO』の立ち上げ後、自分たちらしさを活かした復興支援を模索した。復興には息の長い支援活動と、人々の関心を持続させることが不可欠だ。そんななか、飛行機で熊本に訪れるボランティアの多くが、上空から見た被災地を「ブルーシートに覆われているのが印象的」と話すのを聞いた。屋根の瓦が崩れ落ち、ブルーシートを掛けて雨を防いでいるのだが、その数が多いので被災地一帯がブルーシートだらけになっていたのだ。

2016年4月に発生した熊本地震では、多くの家の屋根瓦が落ち、ブルーシートで覆われた。上空から見ると、被災地が青一色になったように見えたという。(写真提供:キロクマ)2016年4月に発生した熊本地震では、多くの家の屋根瓦が落ち、ブルーシートで覆われた。上空から見ると、被災地が青一色になったように見えたという。(写真提供:キロクマ)

「そのブルーシートですが、傷むので、定期的に交換されます。そのままではゴミとして大量に廃棄されるものですが、それをポジティブに再利用できる『デザイン』を生み出せないか考えました」と佐藤さん。

いろいろな案から、「誰にでも使えて、地元企業で製造を行えば収益にもつながる」トートバッグにすることに。名称は復興の「種シード」になれるように、「ブルーシードバッグ」にした。難しい縫製だが、衣服の生産をサポートする熊本市の会社『シタテル』が、大分県竹田市の『竹田被服』を探し出してくれて、請け負ってくれることに。まずは100個を製作し、2016年11月に東京で開催したイベントで販売。価格は3900円(現在は4000円)とした。その半分は製造にかかるコストで、売り上げの2割を寄付金として被災地に還元する仕組みにした。『BRIDGEKUMAMOTO』理事の村上直子さんは、地震をきっかけに東京から熊本に戻った人物。このときはまだ東京で暮らしており、イベントに一般客として参加した。「最初は高いなと思いましたが、ストーリーを聞いて、決してそんなことはないと思いました」と振り返る。

その場でバッグは完売した。その後も「apbankfes」などのイベントや通販で販売したが、いつも「完売御礼」となった。やがて「コラボさせてほしい」という企業や、「ブルーシートが大量にあるので、同じ試みをさせてほしい」と、西日本豪雨で被害を受けた岡山県総社市などの被災地から、コンタクトを受けるようにもなった。「ブルーシードバッグの情報交換をきっかけに、ネットワークが広がり、私たちもほかの被災地に関心を持つようになりました。そんな関係性が、自然災害が多発する今、すぐに必要な助け合いができるベースづくりになっていると感じています」と、佐藤さんは「備え」としての観点でも意義があったと考えている。

熊本への思いを可視化。そして、次世代を応援。

ブルーシードバッグは、復興支援をデザイン面から強力に後押ししたとして、2017年度の「グッドデザイン賞」のベスト100と特別賞に選ばれ、メディアでも数多く取り上げられた。「ブルーシードバッグを販売してみて、県外の方が熊本のために『何かしたい』と思ってくれている気持ちが、想像以上に大きかったことがわかりました」と佐藤さんは言う。

ブルーシードバッグ」に着けられるタグ。製作過程や価格の内訳などがわかりやすくデザインされている。ブルーシードバッグ」に着けられるタグ。製作過程や価格の内訳などがわかりやすくデザインされている。

その気づきから始めたのが、阿蘇大橋をイメージした橋をあやとりでつくってもらい、写真に収めさせてもらう「あやとりチャレンジ」だ。地震から1年後の2017年4月17日、東京都内と熊本県内の2か所で行った。「創造の橋を懸ける」というコンセプトを伝え、通行人らにあやとりをしてもらう。年齢や国籍を問わずさまざまな人が参加してくれて、目標とする1000人の参加が達成できた。現在は2000人に向けての挑戦を進めている。

あやとりの絵本でも「あやとりチャレンジ」が紹介された。あやとりの絵本でも「あやとりチャレンジ」が紹介された。

「その写真は熊本県庁でも展示しました。県内の方に、『全国のみなさんは、熊本のことを忘れていませんよ』と伝えることができたと思います」。

ブルーシードバッグ売り上げの寄付先については、熊本地震の被災地支援から輪を広げ、ほかのエリアでも支援を必要としているところへ行っていく予定だ。

バッグの収益による寄付先の第1号は、熊本県・西原村の被災地に花を植える「ガレキと一輪の花プロジェクト」だった。バッグの収益による寄付先の第1号は、熊本県・西原村の被災地に花を植える「ガレキと一輪の花プロジェクト」だった。

さらに、熊本県の未来を担う次世代を応援し、育てようと、県内在住の25歳以下の若者を対象に、「社会をよりよくするプロダクト」のアイデアコンテスト「SUSTAINABLEPRODUDTSCONTEST」を企画した。9月14日まで応募を受け付け中で、グランプリの賞金は50万円。そのアイデアの実現もいっしょに目指していく。

佐藤さんたちはこの3年間をこう振り返る。「自分たちにできることで、未来につながることをすればいいのだと、ブルーシードバッグの製作をとおして実感しました」。

災害に対して、普段から備えていること、心がけていることは?

佐藤 かつあきさん 『BRIDGE KUMAMOTO』代表理事・デザイナー
自分だけで備えるのには限界があります。ネットワークや交流を維持し、日常的に「何をしているのか」を意識し合うことで、いざというときにすぐに動くことも、逆に動いてもらうこともできる。何かあったときに「大丈夫?何かできる?」と言い合える関係づくりが一番の備えです。

photographs by Kazuteru Takamoto
text by Sumika Hayakawa

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