「ネタりか」終了のお知らせ

いつも「ネタりか」をご利用いただきありがとうございます。

この度「ネタりか」は、2019年10月16日(水)をもちまして、サービスを終了させていただくことになりました。

これまで長きにわたりご利用いただき、ありがとうございました。

甲子園の名勝負が8月16日に生まれる不思議。江川、松井の歴史的シーンも

2019/8/15 15:49 日刊SPA!

画像:エキストラ・イニングス――僕の野球論(文藝春秋) 画像:エキストラ・イニングス――僕の野球論(文藝春秋)

 連日熱戦が続く夏の甲子園だが、名勝負といわれる試合は、なぜか明日、8月16日に集中していることを皆さんご存知だろうか? 

 実は今も語られている以下の試合はすべてこの8月16日に行われた試合なのである。

◆1958年第40回大会準々決勝 徳島商 0-0 魚津(富山)

 大会屈指の剛速球投手・坂東英二(元・中日)を擁する徳島商はこの大会堂々の優勝候補。対する魚津はこの大会が甲子園初出場ながらエース・村椿輝雄の巧みな投球術で3戦連続接戦を制しての勝ち上がりだった。

 試合はこの両投手の対象的なピッチングスタイルが展開され、投手戦に。球威十分の剛速球で三振の山を築く坂東に対し、丁寧にコースを突き、打たせて取る村椿。気づけばこの当時の規定でこの回を終わって同点なら引き分け再試合となる延長18回に突入していた。

 その18回表。徳島商は1死一、三塁とするもスクイズ失敗、ダブルスチール失敗で無得点。対する魚津も中越えの長打が出たが、三塁を欲張ってアウト。規定により引き分けとなる。なお、この試合で坂東は参考記録ながら、1試合最多奪三振となる25をマークしている。

 この翌日に再試合が行われ、徳島商が3-1で勝利。この激闘を制した徳島商はこの大会の準V校に輝くとともに坂東は、1大会最多記録となる83奪三振の大記録を打ち立てることに。

◆1973年第55回大会2回戦 銚子商(千葉)1-0 作新学院(栃木)

 銚子商の先発は、この翌年の夏の大会で優勝投手となる土屋正勝(元・中日など)。対する作新の先発は“昭和の怪物”江川卓(元・巨人など)。試合はこの2人の好投手の雨中の投げ合いとなり、0-0のまま延長戦へ突入する。

 最後は延長12回裏に1死満塁のピンチを招いた江川がサヨナラ押し出し四球を与え、緊迫した投手戦はあっけない幕切れを迎えることに。そしてこれが江川にとって高校時代の甲子園最後の試合となったのである。

◆1979年第61回大会3回戦 箕島(和歌山)4-3 星稜(石川)

 箕島はこの年の春の選抜王者で史上3校目となる春夏連覇を狙っていたが、その箕島を倒すために“対・箕島対策”を練ってきた星稜に大苦戦。試合は4回に両校とも1点を取り合ったまま延長戦に突入し、12回表と16回表に星稜が1点ずつ勝ち越す。だが、その裏に2死無走者と追いつめられた王者・箕島は2度とも瀬戸際で同点ホームランを放つという奇跡を演じてみせた。

 しかも12回裏は1番・嶋田宗彦(元・阪神)の予告同点弾、16回裏は星稜の一塁手・加藤直樹がファールフライを転倒して捕れなかった直後に命拾いした2年生の6番・森川康弘の放った一発だった。しかも、森川は14回裏に1死三塁というサヨナラの場面で隠し球にあってチャンスをつぶしてしまったときの三塁走者。さらに付け加えるとこのホームランが森川にとっては高校野球での初ホームランでもあったのだ。

 そして試合は引き分け再試合目前の延長18回裏に4-3で箕島が劇的なサヨナラ勝ち。のちにこの試合は“神様が創った試合”と称され、高校野球史上最高の名勝負とされているが、この試合の価値は箕島がそのまま勝ち進んで春夏連覇を遂げたことでなおさら高まったといえよう。

◆1992年第74回大会2回戦 明徳義塾(高知)3-2 星稜(石川)

 のちのメジャーリーガー・松井秀喜(元・巨人など)が伝説となった試合である。この試合、星稜の4番・松井の強打を恐れた明徳義塾ベンチは先発した背番号8の河野和洋に全打席敬遠を指示。0-0の1回表2死三塁で回ってきた第1打席、0-2の3回表1死二、三塁での第2打席はともかく、1-3での5回表1死一塁と2-3での7回表2死無走者の場面でも勝負を避けるなど、作戦を徹底したのだった。

 試合は2-3で迎えた9回表、星稜最後の攻撃。2死無走者から3番でエースの山口哲治が意地の三塁打を放つも、ここで打席に入った松井は当然のように敬遠されてしまう。結局、後続の5番・月岩信成が倒れ、試合終了。この大会、優勝候補の星稜が姿を消すことに。

 結果的に冷徹に勝負にこだわった明徳義塾の作戦勝ちとなったが、試合途中にメガホンが投げ込まれるなど、後味の悪い試合となったのである。挙げ句、社会問題にまで発展した戦術となったが、この5打席連続敬遠によって逆に、松井の凄さが改めて浮き彫りにもなったのである。

◆1998年第80回大会2回戦 豊田大谷(東愛知)3-2 宇部商(山口)

 8月16日に行われた試合の中には延長戦のすえ、サヨナラボークで負けた悲運のチームもある。この豊田大谷と宇部商の一戦は2-2のまま延長戦へ。迎えた15回裏、宇部商は無死満塁のサヨナラの大ピンチ。

 ここで宇部商の2年生左腕・藤田修平は次打者の持田泰樹の4球目、ちょうどその試合の211球目を投じようとセットポジションの動作に入ったのだが、キャッチャーの上本達之(埼玉西武)が出した2度目のサインに驚き、無意識に投球動作を中断してしまった。極限状態に追い込まれていた藤田は上本との、“2度サインを出す”という約束を忘れてしまっていたのである。

 そして、この行為を見逃さなかった球審が宇部商にとっては無情の“ボーク”を宣告。3時間52分に及ぶ熱戦となったこの試合は甲子園史上初の“サヨナラボーク”で決着したのであった。

――このほかには2011年第 93回大会3回戦で如水館(広島)が延長12回、3-2で 能代商(現・能代松陽=秋田)に逆転サヨナラ勝ちした試合などがある。実はこの勝利で如水館はなんと春夏の甲子園史上初となる“3試合連続延長戦”を戦い、“3試合とも勝利したチーム”となったのであった。

 以上のようにどの試合も1点差もしくは延長戦という接戦ばかりなのである。101回目の夏、8月16日。果たして、また新たな名勝負が生まれるのだろうか。<文/上杉純也>

このネタ読んでどう思う?

投稿ありがとうございます。
よかったらログインしてコメントも書きませんか?閉じる

このネタへのコメント1

コメントを投稿するにはログインが必要です。

ログインしてコメントを書く

カテゴリ別アクセスランキング

トップ