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【誕生!昭和40年】チェリオ

2019/7/19 11:30 昭和40年男

駄菓子屋や銭湯でもおなじみの『チェリオ』は1965年に商標登録が行なわれ、オレンジ、グレープの296mlリターナブルボトルが全国に順次発売されていった。その頃の価格は30円。写真は、発売当時と同じ形状のもので、波状のボトルが印象的だった 駄菓子屋や銭湯でもおなじみの『チェリオ』は1965年に商標登録が行なわれ、オレンジ、グレープの296mlリターナブルボトルが全国に順次発売されていった。その頃の価格は30円。写真は、発売当時と同じ形状のもので、波状のボトルが印象的だった

昭和40年に生まれた、いわばタメ年の商品やサービスを我々の思い出と共に紹介する連載記事である。今回は、駄菓子屋で僕らののどを潤してくれた、独特のびん形状も格好よかった『チェリオ』だ。

駄菓子屋の定番でお得感もあった

小学生の夏休み。特に遊ぶ約束をしていなくても、駄菓子屋に行けばたいがいは誰かがいたものだ。夏休みの駄菓子屋は、学校の代わりに友達と顔を合わせる貴重な場でもあった。

そんな駄菓子屋の定番だったのが、フルーツ味の炭酸飲料『チェリオ』だ。販売は昭和30年代後半から始まっていたが、商標登録出願されたのが昭和40年で、その頃から順次全国で発売されるようになった。

商品名の由来は、乾杯の意味を持つ英語「CHEER」から来ているそうだが、日本独自のブランド名である。そんな『チェリオ』が発売された背景には、1958年登場の『ファンタ』の存在があったという。『ファンタ』のヒットで、フルーツ味の炭酸飲料の市場規模が注目されたことから、各社も追随。当時、『セブンアップ』を販売していたセブンアップ飲料(関西)社(現・チェリオコーポレーション)が、『チェリオ』を発売する。オレンジとグレープに始まり、その後、アップル、メロン味などが地域別に追加されていった。

当初、他のメーカーは200ml程度のびんが多かったが、それより多い296mlだったのがうれしかった。また、飲み終わった後、店に返せばびん代が戻ってくるリターナブルボトルで飲めたので、ちょっとお得感もあった。さらに、王冠の裏には四つ葉のマークがあって、その葉の枚数によって、もう1本もらえたりもした。小遣いの少ない身としては、それはありがたい飲み物だったのだ。

ただ、80年代に入ると、びんタイプは店頭での回収を前提としないワンウェイボトルが中心となっていく。無論、後にペットボトル化され、現在もリターナブルボトルで飲めるのは、関西と中部の一部に限られているのだとか。

ところで、『チェリオ』と言えば紅白幕模様の自動販売機を思い出す人も多いのではないだろうか。80年代末頃から採用されたというこのカラーリングは、その頃同社より発売された『BYG・スーパー・コーラ』という商品のパッケージに合わせたものだった。現在でも、関西や中部地方の自動販売機にはこの模様が継承されている。

『チェリオ』が数ある炭酸飲料のなかで印象に残っているのはなぜか。きっと家で飲むものではなく、駄菓子屋などの“非日常空間”で買って飲むものだったからではないかと思う。だからこそ、しっかりと記憶にも舌にも残っているのではないだろうか。

チェリオ 大阪府 高槻工場1965年当時、『チェリオ』が製造されていた大阪府の高槻工場。現在、チェリオの製造は、チェリオコーポレーションの滋賀工場で行なわれている

チェリオ発売当時をイメージさせるパッケージの現行品。リターナブルボトルは現在、関西と中部の一部に限られているが、ペットボトルは全国で販売中(※2017年掲載時点の情報)

 

取材協力:チェリオコーポレーション

文:舘谷 徹/昭和40年7月、埼玉県生まれのライター・脚本家。広報誌やWeb記事、ドラマやアニメの脚本を執筆。プラネタリウムで活動する市民グループにも参加中

※【「昭和40年男」Vol.44(2017年8月号)掲載】

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