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権力と心霊譚、「津の水難事故怪談」の政治学/昭和こどもオカルト回顧録

2019/7/18 09:00 ムーPLUS

「原因不明」を補完する怪談

さて、今回が「津の水難事故怪談」回顧の最終回である。前回に引き続き、2015年1月号の「ムー」に掲載された加藤宗一郎氏のルポルタージュ、「子供たちを海底に引きずり込んだ幽霊の正体とは? 津海岸集団水難事件 60年目の真実」で提示されている怪談の「新解釈」を見ていきたい。この記事のタイトルに含まれる「60年目の真実」というフレーズは、極めて意味深だ。「60年」という時間は、事故の当事者たち(特に当時大人だった関係者)がすでにこの世を去り、出来事が「歴史」に成り果てるタイミングだったのだと思う。だからこそ書けることもあったのだろう。

 

今回のコラムから読みはじめた方は、できれば以下を読む前に、この連載コラムの「あの夏、穏やかな海水浴場で何が?『津の水難事故怪談』」を一読していただき、事故の概要と、この事故が「怪談化」される経緯をザッと頭に入れておいていただきたい。

上記のコラムでも解説した通り、この事故には明確な原因がない。史上最悪の集団水難事故でありながら、その原因は科学的にも解明されず、司法的にも特定されなかった。海流や地形など、さまざまな観点からの調査が行われたにもかかわらず、結局のところは「原因不明」である。原因がわからなければ、当然、「責任者」も不在だ。裁判では犠牲者を出してしまった中学校の校長以下、3人の教員の刑事責任が問われたが、最終的には無罪となって結審している。

加藤氏は、まずここに事故の「怪談化」の余地があった、と見る。あれだけの大事故の原因が結局わからずじまいとされたことは、犠牲者の遺族や関係者、地元の住人はもちろんのこと、事故を報道で知っただけの多くの人々にも多大な不安を与える。原因が不明であれば防御策も立てられず、今後も同様の事故が起こり得るといった現実的な不安もあっただろうが、それ以上に説明不能の惨劇そのものへの強烈な恐怖があったはずだ。科学的見地からは説明不能の惨劇に取りあえずの説明を与えるのは、霊や祟りや呪いの逸話である。36人もの人命が奪われた事故の原因が不明であるという受け入れがたい現実を人々が無理矢理にでも「納得」する際に必要だったのが、「霊の仕業」という解釈だったのだろう。

suinan2-21955年8月2日の現場実測図。

 

「誘導」から生まれた怪談?

大衆レベルでの「納得」ということでいえば、「責任者の不在」ということも人々が納得しかねる要素だった。深刻な問題が起これば、それを「誰かのせい」にして安心したいという欲望を人々は共有する。案の定、事故当初の教員・学校関係者へのバッシングは凄まじいものだったらしい。加藤氏のルポによれば、事故以来、街は「先生たちへの誹謗中傷でもちきり」で学校も機能停止、「とても授業などできる状態ではなかった」そうだ。事故原因が不明であろうが、裁判で無罪の結果が出ようが、大衆はとにかく「悪者」を必要とした、ということだ。そして、加藤宗一郎氏のルポの本題は、この事故の「責任問題」こそが怪談生成の大きな要因になったのではないか?……という推論だ。

 

「津の水難事故怪談」は1963年の「女性自身」の記事(生存者の手記)によって全国的に知られるようになったことは前々回の本コラムでも解説したが、加藤氏によると、実は事故直後にも「怪談説」がメディアに掲載されていたそうだ。それが事故の起こった55年、8月14日号の「週刊読売」に掲載された「津の海に散った乙女たち」という記事。当時の市会議員が「戦時中、あの浜に空襲からの避難民が逃げきてきたが、突然タイナミ(津波)がやってきて多くの人が溺死した」と証言。あたかもあの浜が戦時中からの因縁の地、「呪われた海岸」だったといったニュアンスの逸話を披露した。ちなみに同記事内では、この市会議員の「怪談」の後に津市教育長、県警刑事部長、文部省事務官が登場し、談話を披露している。「津の怪談」は、すでにこの記事の発表直後から地元では広く流布したそうだ。

そして8年後、津の事故を完全に「怪談化」してしまう「女性自身」の記事が発表される。ここで初めて「防空頭巾姿の女たちが大挙して押し寄せ、少女たちを海底に引きずり込んだ」という、その後に定番となるディテールが登場する。証言しているのは事故の当事者、間一髪で救助されて一命を取りとめた生存者だ。まさに「生き証人」の手記だからこそ、この記事は圧倒的リアリティを帯び、多くの読者に衝撃を与えた。しかし、手記の内容を注意深く確認してみると、戦時中の知られざる悲劇(あの浜で空襲の犠牲者の遺体を大量に埋めた)、それが事故の日付とまったく同じだったこと、そして「多くの人が防空頭巾姿の女たちを目撃している」といったことは、すべて生存者の家に訪ねてきた「郵便局長」なる人物によってあらかじめ提示されている。この人物は「独自に事故のことを調べており、関係者をまわって取材している」と語っていたそうだが、とにかく「津の水難事故怪談」の構成要素、具体的な「怪談の素」は、すべて彼によって提供されているのだ。しかも、生存者は彼との会談によって事故と霊のかかわりを確信し、手記の発表を決意したという。

加藤氏は、これは一種の誘導ではなかったのか?……と解釈する。筆舌に尽くしがたいトラウマを抱いている証言者に対し、あの事故は戦時中に浜で起こった恐ろしいできごとと関連があったという因縁話を語り、そのうえで「あなたも防空頭巾姿の女を見たのではないか?」と尋ねればどうなるか? 死の寸前、水中でもがき苦しむパニック状態のなかで自分は何を見たのか、その混乱した記憶は一瞬で改竄・捏造されてしまう可能性がある、ということだ。

suinan3同特集より。怪談の生成過程と、そこに漂う不可解な要素を検証。

 

「幽霊」の影に隠されたもの

「誘導」という観点を用いてみると、確かに「津の水難事故怪談」の生成過程はにわかにキナ臭く思えてくる。加藤氏はさらに踏み込んでいく。「週刊読売」の市会議員、さらに同記事に登場する教育長、刑事部長、文部省事務官、さらにこの「女性自身」の郵便局長……。なぜ事故を怪談として語る記事には公職者、権力者ばかりが登場するのか? 言われてみれば、これはいかにも不自然だ。当局側が大衆誌を利用して積極的に「怪談説」を発信しているのは、あまりに奇妙である。

「怪談化」の背景には、事故の責任問題に絡む政治的思惑があったのではないか? 関係者への取材を続けるなかで、小池氏はふたつの事実を突きとめる。ひとつは、あの事故現場の浜で水泳教室を開くことを、いったい誰が指示したのか? ということ。事故の年、津の学校では海水浴が初めて正規の授業に認定され、予算が計上された。その際、各学校に遊泳エリアを割り当てたのは、津市教育委員会だったという。しかし、そのことは「週刊読売」の記事にも書かれていない。市会議員、教育長、刑事部長、文部省事務官など事情を熟知している人々がコメントしているにもかかわらず、あたかも学校が勝手に遊泳エリアを決めたかのように語られている。もうひとつの重要な要素は監視員の問題だ。本来、児童たちの遊泳は地元の漁協の係員が監視業務を請け負うことになっていた。

ところが、事故の前に津市当局は漁協と対立して決裂(この原因は不明らしい。予算の折り合いか?)、監視制度を廃止してしまった。海を知り尽くしたプロたちの監視がない状態で、あの事故は起こったのである。これについても、小池氏が現地の関係者に取材して明らかにするまでは、一般のメディアで語られたことはなかったようだ。地元では「危険な場所で子どもたちを泳がせたうえに、監督不行き届きによって死に至らしめた」として学校の先生たちが激しいバッシングを受け続けていたが、もし上記の2点が明るみに出ていれば、大衆の攻撃の矛先はまったく変わったはずだ。

小池氏は、怪談はこれらの事実を隠ぺいするためのものだった可能性が高い、と結論する。学校の先生たちだけが「悪者」というミスリードのレールを引き、それ以上に具体的な追及が及ばぬよう、「怪談化」で大衆の興味と好奇心、そして怒りを現実問題から反らす目的があったのでは?……というのである。

これはあくまで加藤氏の推論であり、「怪談による隠蔽」がどれほど具体的な効力を発揮したのかはわからない。しかし、教育委員会が遊泳エリアを割り当て、しかも監視員制度を廃止してしまっていたというのは、まさに驚くべき情報である。また、これだけ重要な情報が広く人の口にのぼらずに済んでいたというのも、驚くべきことだと思う。事故の話題で持ち切りだった当時、まさに先生たちが地元民から袋叩き的なバッシングを受けている当時であれば、これらの情報は「爆弾」ともいえるものだ。隠蔽やミスリードに使われたのは怪談だけではなかったのかも知れないが、少なくとも人々の関心の方向を変え、事故をまったく別種の「物語」に変えてしまう意味で、やはり「怪談化」は大きな役割を果たしたのかも知れない。

 

オカルティックな逸話には陰謀話がつきものだが、本来、個人的な好みでいえば、僕はその手の唯物論的「怪談解剖」はあまり好きではない。「怪談をウカツに信じるな」というお説教は、たいていの場合あまりに退屈だからである。しかし、この加藤氏のルポは圧倒的にスリリングだ。そこから読み取れるのは、「怪談を信じるな」ではなく、「権力者が語る怪談は信じるな」だからである。合理的なロジックを超越した「なにか」によって権力が大衆を扇動したり、高揚感を与えたりするといったことは昔も今も無数に繰り返されている。「権力者が語る怪談は信じるな」。これはいつの時代も僕らが肝に銘じておくべきことだと思う。

 

初見健一「昭和こどもオカルト回顧録」

◆第35回 「津の水難事故怪談」の背景にあった「悲劇の連鎖」

◆第34回 テレビとマンガが媒介した最恐怪談=「津の水難事故怪談」

◆第33回 あの夏、穏やかな海水浴場で何が?「津の水難事故怪談」

◆第32回 「小坪トンネル」は本当に「ヤバい」のか?

◆第31回 「小坪トンネル怪談」再現ドラマの衝撃

◆第30回 70年代っ子たちと『恐怖の心霊写真集』

◆第29回 1974年『恐怖の心霊写真集』の衝撃

◆第28回 「コティングリー妖精写真」に宿る「不安」

◆第27回 コティングリー妖精写真と70年代の心霊写真ブーム

◆第26回 ホラー映画に登場した「悪魔の風」

◆第25回 人間を殺人鬼に変える「悪魔の風」?

◆第24回 「幸運の手紙/不幸の手紙」の時代背景

◆第23回 「不幸」の起源となった「幸運の手紙」

◆第22回 「不幸の手紙」のはじまり

◆第21回 「不幸の手紙」…小学校を襲った「不安の連鎖」

◆第20回 80年代釣りブームと「ツチノコ」

◆第19回 70年代「ツチノコ」ブーム

◆第18回 日本産ミイラ「即身仏」の衝撃

◆第17回 1960年代の「古代エジプト」ブーム

◆第16回 ユニバーサルなモンスター「ミイラ男」の恐怖

◆第15回 昭和の「ミイラ」ブームの根源的な謎

◆第14回 ファンシーな80年代への移行期に登場した「脱法コックリさん」

◆第13回 無害で安全な降霊術? キューピッドさんの謎

◆第12回 エンゼルさん、キューピッドさん、星の王子さま……「脱法コックリさん」の顛末

◆第11回 爆発的ブームとなった「コックリさん」

◆第10回 異才シェイヴァーの見たレムリアとアトランティスの夢

◆第9回 地底人の「恐怖」の源泉「シェイヴァー・ミステリー」

◆第8回 ノンフィクション「地球空洞説」の系譜

◆第7回 ウルトラマンからスノーデンへ!忍び寄る「地底」世界

◆第6回 謎のオカルトグッズ「ミステリーファインダー」

◆第5回 東村山水道局の「ダウジング事件」

◆第4回 僕らのオカルト感性を覚醒させた「ダウジング」

◆第3回 70年代「こどもオカルト」の源流をめぐって

◆第2回 消えてしまった僕らの四次元2

◆第1回 消えてしまった僕らの四次元1

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