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「アメトーーク!」編集に仕掛けられたトリック。居ないけど居た宮迫博之…テレビっ子・井上マサキ新連載

2019/7/6 09:45 エキレビ!

エキレビ!新連載「井上マサキのテレビっ子からご報告あります」毎週土曜日更新予定です エキレビ!新連載「井上マサキのテレビっ子からご報告あります」毎週土曜日更新予定です

僭越ながら始まりました「井上マサキのテレビっ子からご報告があります」。ライターでテレビっ子の井上マサキでございます。この連載は日々テレビを見ていて気になった細かいこと、今のアレってアレなんじゃないのと思ったことを、週報代わりにご報告できればと思っております。どうぞよろしくお願いします。

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1人の芸人が『アメトーーク!』から消えた。

詐欺グループとの「闇営業」問題を受け、雨上がり決死隊・宮迫博之が謹慎処分となった。既に収録が行われた番組は、宮迫の登場シーンをカットしたり、VTRに差し替えたりなどの対応に迫られている。冠番組の『アメトーーク!』も例外ではない。

だが、『アメトーーク!』は他の番組と勝手が違う。宮迫はMCとしてひな壇の芸人を仕切り、番組を進行する中心人物。それでも『アメトーーク!』は番組休止とせず、宮迫があたかも「最初からいなかった」かのように巧みに編集し放送した。

どうやって番組の中心人物を消したのか。また、消したことで何が起こるのか。謹慎処分を巡る一連の流れに議論はあるが、ここでは「アメトーーク!の編集はいかに行われたか」について見ていきたい。

「宮迫を映さない映像」が多く残っている理由


実は、『アメトーーク!』は通常のバラエティ番組と収録方法が違う。一般的なスタジオバラエティ番組は、収録時に複数のカメラを切り替え、「スイッチング(カット割り)」を同時に行う。2時間収録すれば、手元に残る映像は2時間分だ。

一方『アメトーーク!』は全てのカメラで映像を撮り、撮影後に編集する「全パラ収録」を行っている。これはロケで使われる手法であり、スタジオ収録では珍しいもの。同じ2時間の収録でも、カメラ台数×2時間の素材が残るため、編集の手間もかかるという。それもこれも、芸人たちが仕掛ける細かいフリや、気を抜いたときの仕草などを撮りこぼさないため。

この「全パラ収録」が、皮肉にも今回の「宮迫消し」を可能にしている。全てのカメラの映像を残しているため、「宮迫が映っていないカット」が多く残っているのだ。

最初に宮迫が消えたのは6月28日放送の「ネタ書いてない芸人」。この日はいつものひな壇トークではなく、5組の芸人が「ネタ書いてる芸人」と「ネタ書いてない芸人」に分かれてトークを繰り広げている。

スタジオでは両陣営の芸人たちが「ハ」の字に分かれて座り、中央に雨上がり決死隊の2人が座っている。MC席が映ってしまうため、スタジオ全体を映す「引き」の画は使えない。番組は「ネタ書いてる芸人」側を映すカメラと、「ネタ書いてない芸人」側を映すカメラの映像を中心に組み立てられている。

印象的だったのは、アンガールズの2人が舞台中央でコントの一場面を再現するシーン。舞台正面からアンガールズを映すのが自然だが、恐らく後ろのMC席が見切れたのだろう、放送では左右の端のカメラから2人をとらえ、田中と山根の背中を交互に映していた。「全パラ収録」だからこそ、残された素材から巧みにMC席を避けることができたのだ。


不自然さを生む「余韻」の無さ


しかし、どうしても不自然な点は残る。「ネタ書いてない芸人」では、番組を進行する蛍原は映るが、宮迫は腕や肩がチラリと映る程度で、声も姿もない。MCと芸人の絡みがあっても【蛍原|芸人】と画面を2分割して乗り切っている。

もともと『アメトーーク!』のMCは蛍原が台本通りを進行し、宮迫がその場で話を回すスタイル。宮迫がいないと、芸人の話を受け止める人がいないのだ。「ネタ書いている芸人」と「ネタ書いてない芸人」たちはトークで次々と笑いを取っていくのだが、見ているとなんだか疲れてくる。余白というか、こちらに休む暇がない。

この「余白」については、番組初期からプロデューサーを務める加地倫三氏が自著『たくらむ技術』で触れている。スタジオが大爆笑に包まれて、笑いが10秒続いたとする。うち最初の3秒が大爆笑で、残り7秒が余韻だった。このとき「残り7秒をカットするのは不正解」だという。

「『7秒の余韻がカットされる』ということは、つまり『テレビの前にいる視聴者が、笑い終わって落ち着く時間がカットされる』ということだからです。自分の笑いが収まってないと、その後に続くトークに集中できません(中略)笑いが1つ死んでしまうことになるのです」

「ネタ書いてない芸人」が笑いを取ったあと、宮迫がいつも通りにツッコんだり、話を回したり、笑い疲れて「はぁ〜あ」と目元をぬぐったりすれば、声をカットすると同時に「余韻」もカットせざるをえないだろう。たとえ映像をつなぐことができても、視聴者の生理までは完全にケアしきれない。

いまこの状況だから成立する「映像トリック」


今週7月4日放送「パクりたい-1グランプリ」も、前回同様スタジオにいる宮迫を巧みに避けて編集している。ただ、2週分の放送を振り返って気がついたのだが、宮迫を消しつつも「わざと肩や腕をチラリと映している」気がする。編集で映像を少しズームインさせれば、宮迫をフレームアウトできる場面がいくつもある。なんだか「ここに誰かいる」という違和感をあえて残しているように感じるのだ。

その違和感をさらに逆手に取ったのが「パクりたい-1グランプリ」の終盤。永野による「モチを喉に詰まらせた新沼謙治」を、フジモンことFUJIWARA藤本がパクる。それを受け、ザキヤマたちから「モチを飲み込めた新沼謙治」「モチを断る新沼謙治」を次々に無茶ぶりされるところ。

スタジオ下手(MC席横)にはモチが乗った皿が差し出されており、ネタは餅を取りに行くところから始まる。必然的にMC席の前を横切ることになるため、「モチを飲み込めた新沼謙治」までは映像を切り替えてMC席を映さないようにしていた。

ところが「モチを断る新沼謙治」では、カメラはMC席の前を横切るフジモンを横から追った。フジモンの後ろにMC席が映る。ゲストの高山一実(乃木坂46)と蛍原のあいだに座っているはずの宮迫が、いない……!?

続く「モチで歌い始める新沼謙治」のときにも、MC席の「空白」が映し出される。さっきまで蛍原の隣には、宮迫の左肩が映っていたはずなのに、宮迫がいない。SNSでは「宮迫が消えた!」「ついにCGで消した!?」と驚きの声があがる。

本当にCGなのか。さらに映像をよく見る。「モチを断る新沼謙治」から、モチを差し出す手にスーツの袖が見える。どうやら途中から宮迫がモチを差し出しているようなのだ。企画は「パクりたい-1グランプリ」である。ザキヤマから宮迫に何らかの無茶ぶりがあったとしてもおかしくない。だが視聴者はスタジオでどんなやりとりがあったかわからないため、突然MC席から宮迫が消えたかのように錯覚してしまったのだ。

思い出してほしい。『アメトーーク!』は「全パラ収録」で撮られていることを。様々な素材があるにも関わらず、あえて「宮迫をCGで消したように見えるカット」が使われたことを。

闇営業の一件から、『アメトーーク!』の視聴者は「宮迫がいるのに映ってない」ことを確認するようになってしまった。チラチラ映る肩や腕に宮迫の存在を感じていた。そこにあたかも「本当に消えた」カットをぶつける。「謹慎処分のためカットせざるをえない」という状況を逆手にとった映像トリック。ゾッとした。いま、ここでしか成立しないものを見た。

取り急ぎご報告したいことは以上です。
(井上マサキ タイトルデザイン/まつもとりえこ)

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