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女子のすぐ側にある恐怖|健康自慢のわたしに、ある朝、突然まさかのクモ膜下出血!生死を彷徨った結果、伝えたいと思ったこと~その1~

2019/7/6 19:00 Suits-woman.jp

平和で穏やかな日々を過ごしていたのに、あるきっかけで世にも恐ろしい体験をしてしまう……まさに一寸先は闇。一番怖いのは人間?それとも……?働く女性たちが体験した、「本当に怖いと思った」出来事を取材していく本シリーズ。今回は、東京都在住のみきさん(46歳)のお話です。

☆☆☆

初めまして、みきです。みなさん、健康に自信はありますか?
パワフルな働き女子であるSuits WOMAN読者の方々は、たまにハメもはずすけれど健康管理もしっかり行なっていると思います。

筆者もとても健康(というより頑丈)だし、周囲も健康な人という認識だろうし、働き続けて20年超えですが健康面で仕事に迷惑をかけたことはないのが自慢でした(二日酔いで使い物にならない、ということは多々ありますが……)。

そんな健康自慢の筆者が、まさかのクモ膜下出血に襲われたのです!!

今回は、私の発症と治療の経緯をはじめ、人生初の入院生活で感じたこと、伝えたいことなどをご紹介しますね。

◆死亡率が高いおそろしい病気。女性に多い点も見逃せない

フリーランスとして仕事をしていると、すべてはカラダが資本で、自分が倒れて仕事仲間に迷惑をかけたくない、健康管理は業務のひとつという心持ちで暮らしてきました。

運動は嫌いではないのでジム通いを習慣とし、食べることも料理することも好きなので自炊も苦痛ではありません。10年前には20年近くの悪習慣であった喫煙もやめ、朝まで痛飲することも激減しました。もともと美容や健康情報が大好きで、よいといわれるあらゆるものに散財してきました。そのおかげか、毎年受けている健康診断の数値はほぼA判定!アラフィフですが、風邪やインフルエンザにも無縁で年々ヘルシーになっているし、このまま死ぬまで大きな病気になることはないだろうとタカをくくっていたのです。

クモ膜下出血とは、脳を覆っている「くも膜」と「軟膜」の隙間にある動脈にできたコブが破れて出血を起こす病気で、脳卒中の一種です。即死が50%、即死を免れても発症日の死亡率は30%、命は助かっても歩行障害や失語症、高次機能障害で性格が変わってしまうなどの後遺症が残ることがほとんどとか。発症前の状態で社会復帰できるのは約25%という、なんともおそろしい病気なのです。しかも原因がよくわかっていないというから防ぎようもなく……。ほんと、いつ誰がなってもおかしくない病気ということを知っていただきたい。男性よりも女性に多い疾病らしいので、Suits WOMAN読者も他人事ではないはずです。

著名人にも多く、globeのKEIKOさん、星野源さんがクモ膜下出血罹患者です。ふたりを比べるとよくわかりますが、後遺症が残るかどうかでその後の人生は大きく変わってしまうのです。KEIKOさんの後遺症は重く、歌手活動はもちろん日常生活にも影響があるようですね。一方の星野源さんは再発も乗り越えて、歌手だけではなく俳優や執筆業にも活躍の場を広げて大活躍の超売れっ子になったのは言わずもがな。

後遺症が残るか否かは、「運」としか言いようがないそう。発症の発見が早かったか、病院の処置が的確だったか、などなど。わたしも奇跡的に後遺症がまったく残らず、発症前と何も変わらない日常を過ごしています。とはいえ、手術前は主治医に「死ぬか寝たきり、よくて車いす生活を覚悟してほしい」と宣告され、関係者の背筋を凍らせたとか。いまでこそ笑い話になっているし、仕事にもスムーズに復帰できましたが、当時はかなり深刻でのっぴきならない状況だったようです(本人は知らなかったけど!)。

<発症>

2019年2月9日土曜日の朝8時頃のこと。ペット(セキセイインコ)のお世話をしていたら、経験したことのない頭痛に襲われます。よく、クモ膜下出血発症時の痛みの衝撃は「頭をバットでフルスイングされたような痛み」と聞きますが、わたしの場合は「脳みそを紐で縛られ、ギュッと絞り上げられたような痛み」でした。これは尋常ではないと立ち上がろうとしたら、生まれたての小鹿ちゃんのように脚に力が入らない。「ちょ、ちょっと何これ。え、え、え??」と思った瞬間に意識を失う。たぶん時間にして2、3分だと思いますが、気絶というのも人生初の体験。

ふっと意識が戻り、さすがに「これはマズイ状況だ」と焦り、同居の彼を呼び求めますが、洗面所でドライヤーを使っているらしくまったく声が届かない。「こりゃアカン」とずるずると這いつくばって固定電話の子機を取り上げ、自ら119番を呼びます。救急車の要請も初体験。ほどなくして救急隊が到着。安心感からか、その場で吐き戻してしまい、その状態から脳疾患と判断され、とても冷たい雨が降っているなか、近所の脳神経外科のある総合病院へ搬送されました。あとから聞いた話ですが、くも膜下出血で倒れて意識が戻ることは稀有だそう。この時点で、わたしの奇跡が始まっていたのかもしれません。

近所の総合病院の脳神経外科は週2回のみの受付で、その日の午前中はたまたま診察日だったのもラッキーとしか言えません。これまでの既往歴や家族の病歴などを問診されたことは覚えているのですが、そこで力尽きます。ここから先は後から彼から聞いた話です。その場でくも膜下出血と診断されましたが処置ができる環境ではなく、担当医師が自身の出身大学の本部に連絡をし、受け入れ先の大学附属病院を確保してくれたそう。重ねて言いますが、ドクターの適格な判断、大学病院のベッドが空いていたことなどすべてがラッキー続きで、いまのわたしがあるのだと思います

発症日に処置をしないと死亡率30%なのに、わたしの状態は緊急手術に適していなかったようで、薬でコントロールしながら2週間も意図的に放置されていたとのこと。その間、主治医に「理論的に手術はできるが、どうなるかわからない」「手術中に、動脈が破裂するかもしれない」「この患者の未来予想図が立てられない」など、悪い状況ばかり告げられていた彼や友人たちは生きた心地がしなかったそう。

ようやく15時間にもおよぶ手術が施されますが、10時間でドクターたちが手術室から出てきてしまったときは「ああ、ダメだったんだな……」と待合室は絶望的に。ところが、思いのほかスムーズに処置ができたため、まさかの繰り上げ終了でした。でも、目を覚まさないかぎり後遺症のあるなしが確認できないので、手術が成功したといえども緊張が続きます。翌日、本人はなにが起きたのかよくわからないまま目覚め、看護師さんにいろいろ質問され、後遺症がないことがわかりました。その後、主治医からこれまでの経緯やこれからの治療法について説明を受け、状況の深刻さを知るという始末。とはいえ、この時点では、まだくも膜下出血の恐ろしさをよく理解していませんでした。たぶん、どこも痛くないし、苦しくないし、ピンとこなかったのです。これも奇跡的で、くも膜下出血の術後は頭痛に苦しめられることが多いそう。星野源さんも尋常ではない頭痛の苦しみがあったと自著で書かれています。

入院時に必要だったこと、後悔したこととは?~その2~に続きます。

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