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助けて「どろろ」百鬼丸を止められるのはどろろだけ。ハッピーでもバッドでもないエンドへ!

2019/6/17 09:45 エキレビ!

どろろBlue-ray BOXイメージイラスト どろろBlue-ray BOXイメージイラスト

アニメ『どろろ』(→公式サイト)。今日6月10日(月)22:00より、TOKYO MXほかで、第二十三話「鬼神の巻」が放映される。
Amazon Prime Videoで毎話24:00頃から配信予定。
クライマックス目前。生きたい、誰かを守りたい……そんな人々の人生が、次々崩れ落ちていく。

誰も悪くないのではないか問題


百鬼丸、醍醐景光、多宝丸、民衆、縫、寿海、どろろ。
多数の人間が、ほぼ全員悲しみのどん底に堕ちてしまった。
あっちを立てればこっちが立たず。答えのないどうしようもない展開続きだ。

登場するメインの人間たちは、ほとんどが私利私欲で動いていない。
誰かのために、正義のために、など目的を持っている。だから、やりきれない。

百鬼丸は「自分の身体を取り戻す」という極めてシンプルな目標で動いていた。
ここ最近急に必死になり、22話では羅刹のごとく人を斬りまくってしまった。どろろを救うためだ。

醍醐景光はネット上でかなりヘイトを買っている人物。しかし彼が鬼神と契約したのは、災害で死滅しそうな国を護ってもらうための必死さゆえだ。
国をさらに広げたいのでは、という妻の叱責もあったが、実際のところ他国への侵攻はさほどしていない。今回も災厄で国が滅びかけている状態を見て、自らすぐに動いている。

多宝丸の背負うものは大きい。父が長男を人柱にしたことに、納得は全くしていない。
ただし彼は民衆を守ることをなにより大切に、命をも惜しまない人物だ。であれば国が滅びる天秤にかかっている百鬼丸に対し、「討つ」覚悟を決めるしか無い。誠実すぎる彼は、自らの見返りを求めたことがない。

縫は一度は自刃しようとした。しかし死ぬことはできず、国が滅びることを悟った。
苦しいから死ぬというのは、本人的にも逃げだと感じたのだろう。今はどろろに諭されて、母としての思いと、国の存亡を背負う武士の妻としての絶望の中耐えている状態。
後ろ指さされる中、民衆の手伝いを自らの手で行っているのが、今回描かれた。

どろろは問題の大きさにパンクしっぱなしだ。百鬼丸を止めなければ、国が滅びる。でも百鬼丸には身体を取り戻してほしい。
彼女が感情をおさえないと、幾千幾万の命にかかってくる……というのは、子供にはあまりにも酷。百鬼丸の母親役だった彼女は、百鬼丸の苦痛と国の人の命のことでいっぱいいっぱい。自分の幸せのことを考える余裕がない。

一方で、鬼神は残酷に見えて、かなり公正だ。
今回、陸奥は自らの命を鬼神に捧げて、百鬼丸の身体のかわりにしてほしい、と人身御供の取引を持ちかけた。
だがそれを鬼神は拒絶。醍醐の跡継ぎの身体のみ受け付ける、と跳ね返した。

1話で醍醐景光が「わが領土を守護し、我に天下を握らせるなら」と取引した際「それ以外我が手に入るものをやろう、なんでもだ、そなたたちの好きなものを取るがいい」と鬼神に言っている。
だから12の鬼神は、「跡継ぎである百鬼丸の身体」を選び、それ以外を一切要求しなかった。「跡継ぎ」だからと多宝丸を貪ることすらしていない(多宝丸は跡継ぎではない、というジャッジにも見えるが)。

その後、鬼神は約束を護り続けてきた。国は栄え、田畑に雨は降り、戦から守られ、民衆には笑顔があった。
個々が本能的に、人を襲うなどの悪さをしている場面はあったが、それはそれ。国を守護する約束自体は破っていない。
今回、陸奥の命をいたずらに奪うことだってできたはずだ。しかしちゃんと理由を述べた上で、手を出さずに生かしている。

鬼神は「国を滅ぼそう」とは全くしていない。
百鬼丸が身体を取り戻し、醍醐の国が死滅したとしても、それは本来の状態に戻っただけだ。

犠牲のつりあい


流行り病が出た村は、景光の命令で村人もろとも焼き払われた。
かつて18世紀のエディンバラで、ペストが流行った際地下で人々を生き埋めにした事件を彷彿とさせる。
醍醐景光があまりにも非情な人物にも見えるけれども、「どうしようもない、放って置くよりまし」と、理解をする人々もちゃんといた。実際、そのままにはできない。

この作品の柱でもある犠牲の考え方がここにもつながっている。
何かを守る・得るためには、何かを失う。

21話で、陸奥・兵庫の姉弟は百鬼丸に、それぞれ右腕と左腕を切り落とされた。
陸奥が「若の右腕となり、兵庫は左腕として宿願成就のその時まで全身全霊でお守りいたします」と言ったばかりだったのも、皮肉な話。
多宝丸も、以前百鬼丸に右目を潰され、さらに額に傷を受けた。
この傷を負ったパーツの部分に、百鬼丸が入手できなかった右腕、左腕、両目が入った。
三人が鬼神とどういう契約をしたのかは描かれていないが、欠損部分に百鬼丸の身体を補填した状態だ。

逆に言えば、三人は百鬼丸によって身体を失わなければ、このパーツは借りることができなかった。
陸奥・兵庫が、百鬼丸の腕を使う、というのは確かに外道な行動にも見える。
しかし百鬼丸が人の腕を切り落としておいて、「自分の腕を返せ」というのも、理に合わない話。

エンドカードに、陸奥と兵庫が描かれている。
ここは今まで、あやかしの類しか掲載されていなかった。
となると、この姉弟も「鬼神」と化したことになる。

多宝丸だけは、ちょっと話が違ってくる。彼もおそらく契約をしたのだろうが、右目だけではなく、左目も与えられ、三つ目になってしまった。ここだけ過剰供給。
釣り合いを考えると、多宝丸のことなので、自分の何かを捧げている可能性もありそうだ。

彼らはちゃんと死ねるのか


百鬼丸から見て多宝丸はまだ魂が白い。人間の証だ。
しかし多宝丸が手に入れた百鬼丸の目玉は、赤い。鬼神の証だ。
人を沢山斬り殺してしまった百鬼丸本人の魂は今、何色なのだろう。

「アニメージュ」7月号の、音響監督・小泉紀介インタビューでは、こう語られている。
「ストーリーはハードですが……やはり「ちゃんと死ぬ」って大事だなと思うんです。一人一人の、意味のある生と死を描いていければと思います」

犠牲として死ぬのか。自らの義を全うして死ぬのか。鬼神になって死ぬのか。
今のままでは、誰もが「何かを失って死ぬ」だけになってしまう。
全員生き残ることはまずない、と覚悟して見ている人がネットの感想では多数派。
死ぬのは仕方ない。せめて「ちゃんと死ぬ」シーンを描きたいという、スタッフの言葉を信じたい。

母と子


アニメ22話では、百鬼丸の母親役大集合になった。
まず実の母、縫。育ての親で「おっかちゃん」と彼が呼んだ寿海。そして共に旅をして、彼のことを受け止め続けたどろろ。

縫の回想シーン。
身体のすべてを失い、グロテスクな肉だるまとかしていた赤子百鬼丸を見て、縫は「愛しい」と感じていた。乳母たちですら怖がったのに。
彼女はどんな姿であろうと、百鬼丸を思っていたのがよくわかるシーンだ。

寿海は今回、醍醐領近辺で一人で旅をしていた。戦がはじまることもあって、死体修復のための人形作りをしていた。死体に出会うの前提で旅をしているのは、やはり鬼気迫るものがある。
彼は以前、生きることも死ぬことも許されない、と苦しんでいた。
しかし百鬼丸が自分を「おっかちゃん」と呼んで、必要としてくれたことで、人間に近づけた。
彼の行動は、バーサーカー化した百鬼丸を人間に引き戻す、重要な鍵になりそうだ。

どろろのために


どろろは20話で鵺をめった刺しにする百鬼丸を見て以来、どうすればいいかわからなくなってきている。それでも「やめろ」と直接言って止められるのはどろろだけ。倫理観を教えたのも、ほぼすべてどろろだ。

どろろが醍醐の密偵にさらわれた途端、百鬼丸は修羅になった。
原作では鬼神であるミドロ号に乗って殺戮をしたのは、鵺の回に出てきた「賽の目の三郎太」だった。
アニメでは、鬼神と一緒に百鬼丸が大量殺戮してしまった。いわゆる「闇落ち」。この改変の思い切りっぷりは、犠牲と命のテーマを描く上で欠かせなかったのだろう。

百鬼丸が身体を取り戻したいのは、最初は闇雲な目標程度でしかなかった。
感情が芽生え、どろろが大切な人であるという意識が育ってきた。どろろと一緒に過ごし、どろろを守り、どろろと共に世界を感じるため、身体を取り戻したい、と願い始めたのが19話の鵺の回。

百鬼丸の成長する、人間的な思い。
でも縫だって、多宝丸だって、陸奥と兵庫だって、大切なものへの愛は抱えている。
どろろと百鬼丸だけ優遇される、という考え方にはならなさそうだ。
あと2話。ハッピーエンドやバッドエンドという二極化できないどこかに、物語は進んでいる。
(たまごまご)

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