樹木希林ベストセラーの裏で…意外な「男に嫌われ素顔」

2019/6/9 18:00 日刊大衆

 今、空前の「樹木希林ブーム」が到来している。昨年9月15日に樹木さんが亡くなったあと、彼女の言葉をまとめた書籍が次々と出版。『一切なりゆき 樹木希林のことば』(文藝春秋)は120万部を突破し、今年上半期のベストセラー1位となったほか、計4点の合計発行部数が200万部を突破しているのだ。

「希林さんの死後、その類い稀な人間力がさらに神格化され、その扱いは賛美一色ですね」(女性誌記者)

 だが、そうした風潮に今、疑問の声も出始めているという。樹木さんの死後半年、今年3月17日に死去した夫の内田裕也さんと近かった関係者からは、憤りにも似た声が漏れ聞こえてくる。

「裕也さんは滅茶苦茶で、希林さんはそのすべてを受け止めた偉大な女性と捉えられ、2人の特異な結婚生活が“美談”として語られていることに、とても違和感があります」(内田さんと親しかった音楽関係者)

 73年に2人は結婚。しかし2年もたたぬうちに内田さんのDVなどにより別居し、以降、最後まで籍を抜かず、40年以上の別居婚を貫いた。だが、前出の音楽関係者が明かす。

「裕也さんはカッとなると手が出やすいのは確かですが、実際は希林さんのほうが、すべてにおいて強かったと思います」

 この話を裏づける象徴的なエピソードとして、81年の離婚届騒動がある。当時、内田さんは他人に樹木さんの欄を書かせて離婚届を提出。「グッバイ!」の捨て台詞を吐き、ハワイへ飛んだ。芸能レポーターの須藤甚一郎氏が振り返る。

「希林さんは離婚届無効の裁判を起こし、勝訴しました。このことについてよく、“一途な愛ゆえ”などと言われていますが、そんなことはない。裕也さんが話し合いもせずに勝手に提出したことに納得できず、希林さんは“そんなやり方はないだろう”と徹底抗戦したんでしょう」

 その後も、「裕也さんは本当に希林さんと別れたがっていた」(芸能関係者)と言うが、その願いは、ついぞかなわなかった。

「希林さんも裕也さんの暴力に負けじと、彼女自身も明かしていますが、電話の受話器で夫の頭を殴ることもあったそうです。最後まで籍を抜かなかったのは、彼女の怨念でしょう。男には嫌われる少し恐い素顔ですがね」(映画関係者)

 金銭面でも、樹木さんが力を誇示し、彼女の死後まで影響が及んだという。

「希林さんは不動産が大好きだった。暇さえあれば住宅情報をチェックし、同じ趣味の女優·仁科亜季子とよく“良い物件あるわよ”などと不動産トークをしていたそうです。実際に、自宅として使っていた渋谷区の超高級住宅街の一軒家をはじめ、10件近い不動産を持ち、その時価総額は軽く10億円を超えているといいます」(前出の女性誌記者)

 ただ、不動産の相続先は、「すべて内田也哉子(43)と本木雅弘(53)の娘夫婦だった。裕也さんを長年支えた“愛人”に、遺産が渡るのを危惧したともいわれていますね」(芸能プロ関係者)

 芸能プロ関係者が続ける。

「裕也さんは、別居後、樹木さんとの喧嘩に耐えられず、各所を転々としていました。一時期は、原宿のマンション一室に転がり込んでいたこともありましたね。晩年まで、常に金欠でした」

 6月10日発売の『週刊大衆』では続けて樹木希林について特集。夫婦の知られざる離婚騒動について詳報している。

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