ドラマ『腐女子、うっかりゲイに告る。』、世界を簡略化するものへの抵抗

2019/5/30 12:35 CINRA.NET

よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』より よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』より

■ゲイの高校生と腐女子の女子高生が織り成す青春恋愛群像劇
4月からNHKで放送されている連続ドラマ、よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』は、浅原ナオトの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』が原作。小説もドラマ版もインパクトの強いタイトルだが、中身はゲイの高校生の切実で複雑な心情を繊細に描いた青春ストーリーで、ドラマのオフィシャルサイトに多くの率直なコメントが寄せられているように、観る者の心を打つ物語が丁寧に紡がれている。

中心となるのは、金子大地演じる18歳の主人公・純と、藤野涼子演じる「腐女子」の三浦さん。純は学校でも家でもゲイであることを隠して生きている。そんな純が本屋で同級生の三浦さんがBL本を買うところを目撃したことから物語は動き出す。

年の離れた同性の恋人・マコトさん(谷原章介)と交際しているが、異性を愛し、子供を作って家庭を築くという「普通の幸せ」への憧れも持つ純は、三浦さんに好意を告白され、ゲイであることを隠して付き合うことを選ぶ。2人の交際は、純の親友で三浦さんに想いを寄せる亮平(小越勇輝)、純と三浦さんの交際を良く思っていない同級生の小野(内藤秀一郎)、既婚者であるマコトさんら周囲の人間の心を波立たせていく。そして純も自らのアイデンティティーと、自分が望む「普通」のはざまで苦悩する――。

■登場人物の切実な心模様を、クイーンの名曲群が映し出す
本作は1話ごとにクイーンの曲名と同じサブタイトルがついており、それぞれの楽曲が純と三浦さんの物語を彩る。

『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットで昨年日本でも大きな注目が集まったイギリスのロックバンド・クイーン。ドラマの原作小説は映画の公開前に発表されたので映画と関連はないと思われるが、劇中では純の愛聴するアーティストとして登場する。

クイーンは純とSNS上の相談相手「ファーレンハイト」を繋ぐ存在でもある。クイーン好きという共通点から純とネット上で知り合ったファーレンハイトは、純と同じくゲイで同性のパートナーがおり、純が迷った時は何かとアドバイスをくれる。純にとって彼は心を許せるかけがえのない人物だ。

ドラマのサブタイトルに冠されたクイーンの楽曲は、その詞世界も劇中のエピソードとリンクしている。たとえば“アイ・ウォント・イット・オール”がタイトルの第2話。三浦さんから想いを告白された純の「僕は全てが欲しい。男に抱かれて喜びたい、女を抱いて子を成したい、自分の子供を甘やかしたい。欲しい、欲しい、欲しい」という心の叫びとフレディ・マーキュリーのボーカルが響き合う。

ゲイであることを隠して三浦さんと付き合うことを決めた純に、行きつけのカフェバーのオーナー・ケイト(サラ・オレイン)が「あなたはショーを始めてしまった。嫌になっても舞台から降りるまでは許されない」と告げる第3話は“ショウ・マスト・ゴー・オン”。そして、「これは現実か空想か?」と歌い始める“ボヘミアン・ラプソディ”の第5話では、ゲイであることを知った周囲からの視線に絶望した純が学校のベランダから身を投げてしまう。「ああ、欲しかったなあ。普通が」という心の声と共に。

■「人間は、自分が理解できるように世界を簡単にしてわかったことにするものなのさ」
第1話にファーレンハイトの印象的なセリフがある。同級生の三浦さんが腐女子であることを知ってしまったと告げた純に、ファーレンハイトは知られたくないことを知ってしまったなら彼女に謝らなくてはいけないと返す。

「真に恐れるべきは、人間を簡単にする肩書きさ」「人間は、自分が理解できるように世界を簡単にしてわかったことにするものなのさ」

三浦さんにはいろんな顔があるはずなのに、「腐女子」だと知ってしまった途端に「腐女子の三浦さん」という目で見てしまう。三浦さんという人間は「腐女子」という肩書きで簡単にされてしまう、「彼女のそれ以外の側面はないことになってしまう」。

純はそれを物理の問題の「ただし摩擦はゼロとする」に例える。ファーレンハイトは言う。

「摩擦はゼロなわけない。空気抵抗を無視していいわけない。だけどそうしないと理解できないから、世界を簡単にして、例外を省略するのさ」

よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』では、この「世界を簡単にするもの」への抵抗の姿勢が登場人物の姿を通して描かれている。自分の中の「普通」を追い求めて苦しむ純は、世界から自分を「簡単にされない」ように、そして自分で自分を「簡単にしない」ようにもがいているように映る。

三浦さんのことは「ちゃんと好き」、親友の亮平のことも自分の母親のことも大切に想っている。でも「摩擦をゼロ」にすることはできない。一人の人間も、多様な人間で構成されている世界も「簡単」にできるものではないから。目に見えない摩擦も空気抵抗も、確実にそこに「ある」のだ。

■「世界を簡単にしようとするもの」に抗いながら関係を築く純と三浦さん
そんな純の孤独な戦いに寄り添い、希望をもたらしてくれるのが三浦さんの存在だ。最新話の6話では、亮平に純との思い出の場所を案内してもらった三浦さんが、自分は純のことを何も知らなかったと気づく。純のことを知ろうとする三浦さんは、自分自身のことも純に知ってもらいたいと、大量のBL本を入院中の純に読ませるという三浦さんなりの方法で純に近づいていく。

それは三浦さん自身が純のことを「簡単にしてわかったこと」にしないための行動であり、また純から「腐女子」という肩書きだけで自分自身をわかったことにされないための抵抗でもある。純も三浦さんも互いを知ろうとする、という方法で、「世界を簡単するもの」に抗っている。

また安藤玉恵演じる母親も純の男性への気持ちを一過性のものではないかと口走るが、「そのうち僕も女の人を好きになるんじゃないかと僕自身が一番期待して生きてきた」と激昂する純の姿を目の当たりにし、「母さんはいつでも味方だから」と告げる。この母親もこれから純のことを知り、理解しようとしていくのだろう。

「自分が理解できるように世界を簡単にしていないか? 摩擦をなかったことにしないか?」という問いは、視聴者である私たちにも突きつけられる。性的指向とボーイズラブを好む嗜好は別物だが、1つの特徴から他人にラベルを貼ってわかった気になるのは簡単だ。貼った/貼られたラベルは、その他の特徴をなかったことにしてしまう。物理の問題で摩擦は本当にゼロなのではなく、便宜上なかったことにしているだけだ。現実はそうはいかない。「なかったことにしない」ためにも問い続けること、他人や自分の知らない世界を知ろうとすることが大切なのだとこの作品は気づかせてくれる。

ドラマは残すところあと2話。6話では三浦さんが純に「私まだ別れた気ないから」と告げた。互いの想いと真摯に向き合う2人の物語を最後まで見届けたい。

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