日雇い労働者の街「大阪・西成」からシンボルが消えた日

2019/5/21 08:53 日刊SPA!

センター前では連日反対運動が起きたのだが、大きなトラブルもなく閉鎖されることになった センター前では連日反対運動が起きたのだが、大きなトラブルもなく閉鎖されることになった

◆日雇い労働者の街「大阪・西成」からシンボルが消えた日

 大阪・西成に集う日雇い労働者たちに対して、長らく職業あっせんなどのサポートを行ってきた「あいりん労働福祉センター」が、4月に閉鎖された。反発する労働者と支援者から成る総勢100人が抗議活動を展開し、警察官や機動隊員およそ220人が動員される騒ぎとなった。

 日中はホームレスや仕事にあぶれた労働者たち100人以上がひしめいていた同センター。彼らにとっては風雨を凌げる快適な居場所であり続けてきた。閉鎖の表向きの理由は老朽化による建て替えだが、付近には訪日外国人客向けの施設やリゾートホテルの建設も決まっており、センター閉鎖もそうした“西成浄化作戦”の一環と見られている。

 だが、長らく現地で取材を行ってきた在阪の全国紙記者によれば、センターの閉鎖は根本的な“存在意義”も絡んでいるという。

「日雇い労働者の街と言っても、もう15年も前から日雇いの仕事はほぼゼロ。日雇い労働をあっせんするというセンターの機能は形骸化し、あぶれ手当(※日雇い労働者向けの失業保険)を出すだけの場所に成り果てていました。廃止まで秒読み状態のまま、ズルズルと続いていたのが実情なんですよ」

 西成は日雇い仕事の減少と住人の高齢化に伴い、“福祉の街”になっているのが現状だ。

「ドヤと呼ばれる簡易宿泊所の住所で住民登録ができるようになり、生活保護も受給できるようになっています。泊まっている“住民”のほとんどは高齢の元日雇い労働者の老人です。一部ではドヤではなく、福祉マンションと呼ぶ動きもあります」(前出記者)

 日雇いという最も立場の弱かった労働者たちは、高齢化でさらに弱い立場に立たされているのだ。

◆センターの閉鎖は何を意味するのか

 西成の飲食店経営者など、地元の住人たちの目は冷ややかだ。

「日雇い仕事があった何年も昔は活気があった。それが今はほとんどが生活保護受給者でしょう。みんなツケで飲むんや。食い逃げもしょっちゅうやし、隣の人の酒を飲むヤツまでおる。みんな日雇いの人たちはお金がないと思ってるやろうけど、昔は日銭もたんまりもらって、あの人たちは金払いもよかった。そう考えるとね、なんか悲しゅうなってきますよ」

 こうした住人の民度を社会不適合者の集まりと十把一絡げにして語るのは簡単だが、彼らにもここを離れられない言い分がある。センター閉鎖を見ていた60代の元日雇い労働者の男性に話を聞いた。

「ワシら、ここから追い出されたら生活できへん。親戚の家に出入りしただけで、近所の人に通報されたんやから。極端な話、ここやったらパンツ一枚でええ。だいいち、西成から俺たちが出ていったとして、どこか歓迎してくれる場所があるんか?」

 時代とともに形を変え、弱者の受け皿となってきた西成。今回のセンターの閉鎖は日本の日雇い労働の終焉と変わりゆく西成を象徴しているように見える。

<取材・文/週刊SPA!編集部>

※週刊SPA!5月21日発売号「社会的弱者を救え!」特集より

このネタ読んでどう思う?

投稿ありがとうございます。
よかったらログインしてコメントも書きませんか?閉じる

このネタへのコメント21

コメントを投稿するにはログインが必要です。

ログインしてコメントを書く

カテゴリ別アクセスランキング

トップ