メッセンジャー黒田有が振り返る 文化住宅で過ごした壮絶幼少期

2019/5/20 12:06 日刊ゲンダイDIGITAL

お笑いコンビ「メッセンジャー」の黒田有さん/(C)日刊ゲンダイ お笑いコンビ「メッセンジャー」の黒田有さん/(C)日刊ゲンダイ

 お笑いコンビ「メッセンジャー」のボケ役、黒田有さん(49)。今年2月に一般女性と結婚したばかりだが、幼少期はとにかく悲惨だった。

  ◇  ◇  ◇

 赤ちゃんのころ、ネズミに左耳の耳たぶ、かじられてるんですよ。僕がかじった? ちゃいますよ。被害者も被害者、かじられたんです(笑い)。

 漫画「ドラえもん」に耳がないのは、昼寝してる時にネズミに耳をかじられたからですが(1995年公開のアニメ映画「2112年 ドラえもん誕生」のエピソード)、危うく“リアル”ドラえもんになるとこでした。

 それが1歳になる前です。さすがにその瞬間は覚えてないけど、それだけネズミがチョロチョロするボロ家やったってことやね。

 18歳になるまで住んでたその家は、50年代から60年代にかけて建てられた関西ならではの文化住宅。木造2階建てアパートの2階で間取りは6畳に4畳半、ミニキッチンとトイレが付いて風呂はなかったです。

■親父が送ってきた“養育費”はミカン1箱

 ここに4年前の15年4月に亡くなったオカンと末っ子の僕を入れて4人兄弟の5人で住んでました。父親? 金がないのに女つくった揚げ句に借金残して、僕が生まれてすぐに家を出て行った人やから、付き合いは全然なかった。ヤマ師的というか、投資とかばくちが好きで会社員とかには向かん性格やったらしい。なんせ、離婚後に養育費やいうて送ってきたのがミカン1箱(!!)やからね(笑い)。オカンはオカンでウチの近くでジーパン屋、化粧品屋、クリーニング取次店とか、アレコレ商売してたけど、すべて潰してもうて結局、自宅で和洋裁の針子をして生活費を稼いでました。

 1人で5人の生活を賄ういうたら、そりゃ大変やったと思いますよ。ご飯のおかずはイモとかカボチャの煮物ばっか。そのせいで、今でもイモやカボチャは好きやないねえ。

 おまけに僕、2回捨てられてるんです。1回目が1歳になる前で近所の神社、2回目は小学3年のころで近鉄奈良線の八戸ノ里駅のそば。2回ともシッカリ者の長男が僕の姿が見えんから心配して捜し出してくれたんです。

 大人になってオカンに聞いたら「あれは冗談や」と言うてたけど、冗談になってないやん(笑い)。まあ、それだけ追い詰められとったってことやね。

 文化住宅いうと、強烈なトラウマになってるのがトイレですわ。昔ながらの和式ボットン便所で、なんせウチは2階ですやろ。せやから便器の位置からクソつぼまでの距離が普通なら3メートル以上あるんです。まず、落ちたら這い上がれません。「確実に死ぬで」って言われてました。

■用を足すときはなるべく外へ

 それである程度、ウンコやオシッコがたまると市役所に電話してくみ取りがあるんやけど、お金ないから、そうそう来てもらわれへん。でも放置すると、どんどんウンコとオシッコがせり上がってきますわね。2階やのに便器の間から下をのぞくと、いつも自分の顔が水面に映っとったから、「どんだけためてんねん」て話ですわ。しかも、ただでさえ臭いボットン便所は夏場になるとアンモニア臭がキツイキツイ。目が痛くなるどころか便所の中は息がでけへんのですよ。臭いが強烈すぎて。

 せやから極力、外で用足しするようにしてましたけど、それでもどうしてもウチの便所使わなならん時は息止めてました。早い話、夏場は便所に行くこと自体、決死の覚悟。オカンは限界超えて何度か失神してますから(笑い)。

 そんな過去があるんで、今は奇麗なトイレでゆっくりできるのが、ホンマ、僕にしたら至福の時間なんです。

 振り返るとね。ウチみたいな超貧乏でも生活ができたいうのは大阪やからやと思うんです。おせっかいなくらい近所づきあいが濃くて、困ってはる人がおったら放っとけんのです。ウチはいっぱいいっぱい助けられました。大阪に生まれてよかった。ホンマ、こう思いますわ。

※5月24~26日、プロデュース公演「フードコートのランスちゃん」(大阪・ABCホール)、同28~31日、6月2・3日、なんばグランド花月。6月28日、よしもと西梅田劇場。同30日、よしもと祇園花月。

 自伝エッセー「黒田目線」(毎日新聞出版)が好評発売中。

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