スザンヌ・ヴェガのジャーナリスティックな視点が光る『孤独(ひとり)』

2019/5/3 18:00 OKMusic

パンクロックとAORが登場した70年代中頃からシンセポップやディスコサウンドが隆盛を極めた80年代中頃まで、音楽市場はラウド・お洒落・ダンサブルなものが主流で、人間味のあるシンプルなサウンドや歌声がメディアで紹介されることは少なかった。そんなご時世に、アコースティックギターを持ち、詩的で社会性のある歌を淡々と弾き語りながら登場したのがスザンヌ・ヴェガであった。彼女が85年にリリースしたメジャーデビュー作『街角の歌(原題:Suzanne Vega)』は、まずイギリスで収録曲の「マレーネの肖像」が大ヒット(全英シングルチャート21位)、アメリカでもCMJ(カレッジ・ミュージック・ジャーナル)で上位にチャートイン、同曲のPVがMTVでもヘビーローテーションされるなど、大きな話題となった。

そして、87年にリリースされた2作目の本作『孤独(ひとり)(原題:Solitude Standing)』には、彼女の代表曲のひとつで幼児虐待のことが歌われた「ルカ」が収録され、フォーキーなスタイルにもかかわらず全米3位まで上昇する。本作の成功で、これ以降女性の弾き語りアーティストが増えたばかりか、オルタナカントリーやアメリカーナ系のムーブメントなど、90sアメリカ音楽の大きな潮流へと動いていくのである。

連綿と続くフォーク・リバイバルの 流れから登場したSSW

カリフォルニア生まれのスザンヌ・ヴェガは、幼い頃に母親とニューヨークに移り、継父のプエルトリコ人作家から多文化の音楽や文学を学びつつ、10代過ぎにはギターと歌を始めている。多感な青春期にダンスや文学を勉強していたが、地元で観たルー・リードのライヴに衝撃を受け、音楽で生きていくことを決意する。彼女の生ギターでの弾き語りスタイルは20歳前には確立していて、一見古臭いスタイルのように思われがちだが、これはニューヨークに点在する小さなライヴハウスでは当たり前の演奏スタイルだった。パンクロッカーであろうが、フォークシンガーであろうが、カントリーシンガーであろうが、生ギター1本で歌う(歌える)のがフォークリバイバルを経たアメリカのポピュラー音楽アーティストの在り方なのだ。

『ソングライター・ エクスチェンジ』での修行

彼女は、フォーク・リバイバルの流れが続くグリニッジ・ビレッジで活動していたフォークシンガーのジャック・ハーディーに師事する。ハーディーは歌手活動の傍ら、フォーク・リバイバルやフォークソングについて学び合う『ソングライター・エクスチェンジ』というフォークソング塾を主宰、スザンヌもそこに出入りし、メキメキと頭角を表す。ハーディーが編集していた『ファスト・フォーク・ミュージカル・マガジン』(月刊のフォーク雑誌で新人アーティストを紹介するレコードが付いていた。以下、『ファスト・フォーク』)にも音源が掲載されるなど、徐々にグリニッジ・ビレッジ界隈では名が知られるようになっていく。

ただ、『ファスト・フォーク』の活動自体、メジャーレーベルの予備校的な存在ではなく、大手レコード会社の商業主義的な戦略に意義を唱えていただけに、すぐにメジャー契約が成立したわけではない。何年も小さいライヴ(コーヒー)ハウスで活動を続け、レコード会社に何度もデモテープを送りようやくA&Mレコードとの契約にこぎつけるものの、冒頭で述べたような時代背景もあって、A&Mの上層部は彼女の音楽が売れるとは考えていなかった。業界の誰もが、遅れてきたシンガーソングライターという見方をしていたのである。

デビューアルバムの成功と続く 女性アーティストたち

1985年、念願の1stアルバム『街角の歌』をリリースする。このアルバムはレコード会社の予想した売上(3万枚)を大きく越え、シングルカットされた「マレーネの肖像」のイギリスでのヒットもあって、実際には100万枚以上を売上げる結果となった。イギリスでは80年代の初頭からインディーズレーベル主導のアコースティックサウンド(ネオアコ)が人気を集めており、彼女の知的で硬質なヴォーカルと、フォーキーかつポップなサウンドを前面に押し出したレニー・ケイ(ニューヨークパンクの仕掛け人で、パティ・スミス・グループのギタリスト)の戦術が奏功したようだ。

彼女のヒットを受け、トレーシー・チャップマン、ビクトリア・ウィリアムス、アニー・デフランコ、エディ・ブリケルら、才能ある女性アーティストたちが次々に登場し、80sフォーク・リバイバルとも言える一大ムーブメントにまで広がっていくのである。そして、この流れは90年代に入ると各地のインディーズグループなどにも影響を与え、オルタナカントリーやアメリカーナといった人力演奏中心のアーティストが注目されるきっかけにもなるのである。

ちなみに、ファストフォークの多くの仲間の中にあって、スザンヌは最初にメジャーデビューしたアーティストである。のちにライル・ラヴェット、トレーシー・チャップマン、ミッシェル・ショックト、スージー・ボガスらが続いてメジャーデビューすることになるのだが、スザンヌのデビューから見えてくるのは、未だに(1987年の時点)アメリカのポピュラー音楽がフォーク・リバイバルの影響下にあるということであり、60sフォーク・リバイバルでのボブ・ディラン、フィル・オクス、トム・パクストン、フレッド・ニール、エリック・アンダースン、ジェリー・ジェフ・ウォーカーらが登場した時、70sフォーク・リバイバルでのジョン・プライン、スティーブ・グッドマン、ガイ・クラーク、エミルー・ハリス、ダニー・オキーフらの登場の時と似ているのが面白い。50sフォーク・リバイバルのリーダー、ピート・シーガーのプロテスト性や反骨精神は何十年経とうが、アメリカではずっと生きているのである。

生誕100周年のピート・シーガー

余談だが、ピート・シーガーのことについて少し触れておく。アメリカのフォーク・リバイバル・ムーブメントで、多くのアーティストにルーツ音楽の大切さを説いたピート・シーガー。今年は、彼の生誕100周年(1919年5月3日生まれ)にあたる。5月3日には日本でも『ピート・シーガー生誕100年祭』が開催されるなど、ポピュラー音楽界に残した彼の偉大な業績は未だに語り継がれている。シーガーは貧困や人種差別問題、反戦といった社会的なテーマを歌にするプロテストシンガーとしてデビューし、ボブ・ディランをはじめ、ザ・バーズ、ブルース・スプリングスティーンなど、フォークだけでなくロックにも多くのフォロワーが存在するアメリカンミュージックの重鎮だ。彼の「花はどこへ行った?」や「天使のハンマー」は日本でもよく知られている名曲である。

本作『孤独(ひとり)』について

1987年、前作のヒットを受けてプレッシャーもあったはずだが、期待を上回る仕上がりの本作『孤独(ひとり)』をリリースした。今でもこの作品は彼女の代表作であり、世界中で愛されるアルバムである。プロデュースは前作に続き、スティーブ・アダボとレニー・ケイのコンビが担当、冷たささえ感じられる彼女の淡々とした歌声を、今回も巧く引き出すことに成功している。

前作同様、本作はイギリスで大ヒット、全英チャートでは2位になっている。全米チャートでも11位となり、文句なしのヒット作となった。内容はもちろん良い。収録曲は全部で11曲、デビュー前の『ファスト・フォーク』時代に書かれた曲が多い。冒頭の印象的な「Tom’s Diner」の初出『ファスト・フォーク』の記念すべき1巻1号(1984年発行)で取り上げられている。この曲も「Luka」と並ぶ彼女の代表曲で、カバーが多い。彼女の最大のヒット曲で代表曲の「ルカ」はシンセも加えたポップなナンバーに仕上げてはいるのだが、歌われているのはショッキングな幼児虐待の内容で、彼女がジャーナリスティックな視点を持っていることがよく分かる。「Gypsy」は彼女が18歳の時に書いたもの。「Night Vision」と「Calypso」はどちらも文学についての解釈である。他にもダウンタウンの街の様子を歌ったものや他人とのコミュニケーションの困難さについてなど、誰しもが日常で感じている身近な題材を文学的な表現で歌っている。

今聴くと、本作で使われているシンセの音にチープさを感じるのは確かだが、そんなことが気にならないぐらい彼女の存在感のある歌声に引き込まれる。もし彼女に音楽を聴いたことがなければ、これを機会に聴いてみてください。きっと新しい発見があると思うよ♪

TEXT:河崎直人

アルバム『Solitude Standing』


1987年発表作品



<収録曲>
1. トムズ・ダイナー/TOM'S DINER
2. ルカ/LUKA
3. 鉄の街/IRON BOUND / FANCY POULTRY
4. 瞳/IN THE EYE
5. 夜の影/NIGHT VISION
6. 孤独(ひとり)/SOLITUDE STANDING
7. カリプソ/CALYPSO
8. ことば/LANGUAGE
9. ジプシー/GYPSY
10.木の馬/WOODEN HORSE (CASPER HAUSER'S SONG)
11. トムズ・ダイナー(リプリーズ)/TOM'S DINER (REPRISE)

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