群馬県・前橋中心街が、今なぜかアーティストだらけの強烈な個性の街に

2019/4/18 15:50 日刊SPA!

路上に展示されていたのか、ただ駐車されていたのか定かではないが、長らく設置されていた小野田さんの作品 2018年4月29日撮影 路上に展示されていたのか、ただ駐車されていたのか定かではないが、長らく設置されていた小野田さんの作品 2018年4月29日撮影

 群馬県の県庁所在地、前橋市。詩人・萩原朔太郎の生家があり広瀬川が流れる市の中心街は、今、アーティストたちがさまざまなことを企む面白い街になっている。

 中央前橋駅から広瀬川沿いに北西方向へのんびりと散歩しだすと、200メートルほどで最近移築された岡本太郎作の「太陽の鐘」が見えてくる。そこからほんの150メートルほど歩けば、萩原朔太郎の銅像が目に入る。周辺には朔太郎の生家が移築された記念館や文学館がある。そこからほんの少し歩き、弁天通りというアーケード商店街へと左に曲がると、ほどなく右手に大蓮寺というお寺が見えてくる。

 この大蓮寺を出発地として、毎年春と秋に「駅家ノ木馬祭(うまやのもくばまつり)」という街中を練り歩くお祭りが開かれている(今年の春の木馬祭は4月29日に開催)。法被を来た数十人の人々が「木馬だ、木馬だ、ダーダーダー」と掛け声を発しながら、木馬を引いたり、馬の顔がついた棒を天に向かって突き上げながら、ゆっくりと歩いていく。

 この地で長く続く伝統行事……と思いきや、実はこれは芸術家でダダイストの白川昌生さん(71歳)が2011年から始めた「継続的アートパフォーマンス」だ。「ダダイズムの『ダダ』という言葉の発祥の地は前橋」(本当はスイス・チューリヒで、1916年にトリスタン・ツァラが命名した)という「フェイク昔話」を基に構築されている(本当はもっと長い、いろいろと虚実ないまぜの物語がある)。参加者でそのことを知っている者は「100年後ぐらいまで続いて、本当に何百年も続く伝統行事と勘違いされたら面白いですね」とニヤリと笑い、そのことを知らずに動員された参加者は「なんだかよくわからないけど、とりあえず誘われたんで」とついさっき教えられた掛け声を小さな声で発しながら歩いている。

◆ただの軽トラかと思いきや路上展示。かつてあった「四色問題」をテーマにした作品とは?

 この大蓮寺から、弁天通りを北に戻り大通りを渡ったところに、最近まで派手な4色のケースがブロックのように積み上げられた軽トラックがあった。実はこれもアート作品で、芸術家の小野田賢三さん(57歳)の手によるものだった。写真をご覧になられると「何がアートなんだ?」とお思いだろうが、実はこれはカラー印刷の基本であるCMYKのことや、「四色問題」をテーマにしたアート作品だそうだ。青、赤(ピンク)、黄色、黒の「ブロック」たちは、隣に同じ色のブロックが来ないように配置されている。位相数学だの位相幾何学だのというジャンルの問題で、数学者たちが100年ぐらいかけて証明してきたものらしいが、そんなものがポンと街中に展示されていた、というわけだ。3月上旬に前橋に行ったときにはなぜか解体されていたが。

◆前橋は「昔のベルリン」みたいな街!?

 さて、この「路上展示」があった場所から弁天通りを南に戻って大蓮寺を通り過ぎると、すぐに左手に「ヤーギンズ(ya-gins)」という小さなギャラリーがある。ここで現在、開催されているのが前橋在住のフランス人アーティスト、ジル・スタッサールさんの個展「Genealogy」だ。パリの現代美術館パレ・ド・トーキョーで2年間、「アート作品としてのレストラン」を大ヒットさせるなど華々しい経歴を持つアーティストで、世界を股にかけて活躍している人物だ。

 ジルさんには「食」をテーマにした作品が多いが、今回の個展で展示しているのは「木の棒にしか見えないブロンズ彫刻」などだ。個展開催前に、これまた弁天通りにあるアトリエで取材をした我々に、ジルさんは「個展タイトルの『Genealogy』は『樹形図』という意味合いです。今日お見せするのはこれ。2本の木をブロンズ彫刻にしたんですよ。こっちがアダムで、こっちがイブ(写真をよく見ていただけれぱ、どちらが「アダム」なのかお分かりになるかもしれない)」と、一見、木の枝にしか見えないがずっしりと重いブロンズを持たせてくれた。

 そして、いったん前橋中心街から遠く離れてしまうが、赤城山のふもとでは今回のジルさんの作品のブロンズ鋳造をした熊井淳一さんという彫刻家が、ヤギを飼いながら鋳造工房を営んでいる。実際にお会いすると、ブロンズの鋳造のステップから工房での事故の話まで、素人の我々に熱心に教えてくれる情熱溢れる方だった(熊井さんに聞いた興味深いお話の数々は、いずれ稿を改めてご紹介したい)。

 さて、前橋中心街の話に戻ろう。ぐるっと回っても約2キロ、ざっくりと500メートル四方ほどのエリア(具体的には広瀬川、国道17号線、国道50号線、八展通りで囲んだエリア)の中に、2013年にオープンした前橋市が運営する美術館「アーツ前橋」があり、さらにはこれまでに紹介した以外にも、ギャラリーやアートスペースなどが点在している。

 ジルさんはこの今の前橋の状況を「昔のベルリンみたいな街ですね。ただし『小さいベルリン』だけど(笑)」と言う。ベルリンはアーティストが数多く住む「道を歩けばアーティストに出会う」街として知られているらしい。そして、前橋の中心街もまた、何回か通うと知り合ったアーティストとすれ違うことが多い。確かに狭いエリアだが、逆にこの狭いエリアにこんなにもアーティストがいる、というのが不思議でもある。

◆「街のぶらぶらおじさん」たちが前橋をアートの街にしていた

 そこで、自らを「街のぶらぶらおじさん」と称し、アーティスト支援の仕事などをしている福西敏宏さん(55歳)に聞いてみると「前橋はもともと養蚕産業で豊かな街でした。豊かな人々が文化や芸術を楽しんできたという風土があり、今もアートに理解のある伝統が残っているのだと思います」と教えてくれた。だが、特にこれまで見てきたような現代アートの分野では、福西さんのような支援者の存在が大きな役割を果たしているようだ。

 福西さん自身も東京から前橋に移住してから、アートに触れるようになったというが、アーツ前橋が外国人のアーティトを招聘したときの世話役などを担ってきた。そして、海外や東京などから突然アーティストやアート関係者が訪れたときにも、街の案内や前橋在住のアーティストを紹介したりといった活動を熱心に行っているという。

「東京での仕事に行き詰まって、たまたま知り合いの教授が群馬大学にいたので、会社を辞めて群馬大学の大学院で社会学を勉強することにしたんです。最初は卒業したらとっとと東京に帰ろうと思っていたのですが、アートに無関係だったにも関わらずアーツ前橋の立ち上げに偶然関わり、そのアーティスト・イン・レジデンス(AIR)の事業をコーディネーターとして手伝うことになりました。

 世界各国から来るアーティストたちのリサーチに付き合っているうちに、ありふれた地方都市だと思っていた前橋が不思議な魅力を放ち始めたんです。その面白さを伝えたくて、AIRにずっと関わりながら、アーティストたちと市の観光パンフレットを作ったり、前橋に初めてきたという人がいたら、進んで案内役を買って出たりしています。気がつけば、前橋に来てはや10年。でも最近はAIRを通じて仲良くなったアーティストたちの紹介で、海外のアート関係の仕事の手伝いもするようになって、なんだか不思議でよくわからない展開になってきました。

 昔って、なんだか知らないけど、街をぶらついているよくわからないおじさんっていたじゃないですか。何やっているかわからないけど、聞けばその街のいろんなことを教えてくれたり、ある種の潤滑油みたいな役割を果たしていた人たちが。なので、『街のぶらぶらおじさん』と自称して、その役割は続けていこうと思っているんですよね」

 実際、我々も福西さんには何度もお世話になり、前橋のさまざまなところを案内していただいた。そして、福西さんのような「ぶらぶらおじさん」であろうとする人たちが、ほかに何人かいるそうだ。

 一方、この前橋中心街は文化施設ばかりではなく、スナックや飲食店も数多くある歓楽街の要素も強いのだが、不思議なことにこのエリアにはコンビニやファストフードなどのチェーン店が見当たらない(現在、「中心街」とこの原稿で呼んでいるエリアのすぐ外の大通り沿いに大手コンビニチェーンが新店舗を建設中とのことだが)。何か条例などで規制でもしているのだろうか、と福西さんに聞いたところ、「何年か前にKFCが撤退した」ということなので、別にチェーン店を拒んでいるわけではなさそうだ。

 やたらと個性豊かなアーティストやその支援者が街を面白くしようとしている前橋。なんとも不思議な魅力のある街であることは間違いない。

取材・文・写真/織田曜一郎(週刊SPA!) 取材/茂木響平 通訳/小高麻衣子

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