初期衝動でスプレーを持って街に出た男。彼に待ち受けていた「代償」と「制裁」<グラフィティの諸問題を巡る現役ライター・VERYONEとの対話>第4回

2019/3/12 08:49 日刊SPA!

VERYONEが参加している2人展の会場。記者が訪れたときは「タコ焼きパーティ」が行われていたが、作品に臭いがつくため硬いギャラリーではありえない「ストリート感」に満ち溢れていた(念のため、若い作家の個展のパーティなどでは別にないことではないが) VERYONEが参加している2人展の会場。記者が訪れたときは「タコ焼きパーティ」が行われていたが、作品に臭いがつくため硬いギャラリーではありえない「ストリート感」に満ち溢れていた(念のため、若い作家の個展のパーティなどでは別にないことではないが)

 今年1月の「バンクシー(Banksy)騒動」に端を発した、グラフィティ・ライターVERYONEと門外漢としてグラフィティを知識なく撮影してきた記者の奇妙な対話のこのシリーズ。いよいよ、VERYONEがなぜグラフィティをするようになったのかが明かされる。

「落書き」自体の歴史は、クロマニョン人が描いたとされる2万年前のラスコー洞窟壁画(フランス)、1万8000年前のアルタミラ洞窟壁画(スペイン)までさかのぼれるかもしれない。そして、街中に「グラフィティ」が出現するようになったのは、1970年代のアメリカ・ニューヨークが最初だと言われている。

 グラフィティにはもちろん絵も含まれるが、「名前を残すゲーム。文字を書くのが一般的なアートとの違い」というヴェリーさん(VERYONE)のグラフィティの定義に従うならば、約6000年前に古代のシュメール人が世界最古の文字と言われる絵文字を粘土板に刻んだ頃にも、現在のイラクあたりで似たようなことが行われていたかもしれない。もちろん、何の証拠もないし、粘土板に文字を書いていたので壁に書くのは難しそうだし、さらに文字の発祥の歴史にも諸説あるが、私が確実な歴史的事実として記述できるのは「ヴェリーさんが最初に街なかに文字を残したのは今から23年前の1996年」ということだ。

「16歳か17歳の頃、僕はヒップホップのDJをやっていて、その関連の情報をずっと収集していたんですね。で、『ワイルド・スタイル』っていう映画があるんですけど、ヒップホップの映画だと思って買ってきて観てみたら、ほぼほぼグラフィティの映画やったんです。ちょっとがっかりしつつも影響を受けて、その日のうちに家にあったスプレーを持って、外に出たのが最初ですね」

 なぜ家にスプレー缶があったのかは謎だが、それから23年、ヴェリーさんはすでに「レジェンド」と呼ばれるほどのキャリアを持つグラフィティ・ライターとなり、アメリカやアジア圏のグラフィティ・ライターと交流しながら世界各地で作品も書き、現在は合法な活動に移行し、個展なども行うようになっている。

 だが、最初に西日本のどこかの街なかに書いたものは「何を書くとかも知らなかったので、適当になんかかっこよさそうな単語を書いてました」という。そして、もちろん初期のヴェリーさんの活動はイリーガルだった。このことに対しては多くの人が疑問を持つだろうし、「不法行為だ」と指弾する人が大半だろう。私もかねてから疑問だったので、「もしも自分の家に書かれたら腹が立つし、イヤだ」と言うと、ヴェリーさんは「そうですね」と同意した。では、その「初期衝動」で街なかにスプレーをし始めたその夜、「逮捕されるかも」とは思わなかったのだろうか?

「いや、もうそれ以上に『カルチャー』を増やそうというか、根付かせていこうっていう頭が強かったんで、もう法律は見えてへんし。でも、その後も僕が知ったカルチャーを自分の中で進めていくっていうことしか考えていなかったんで。それでずっと来ているんですね」

 この連載を始める前、ある芸術家が美術関連の公開トークでグラフィティについて語っていたことを思い出した。その人物曰く、「私が接しているグラフィティをやっている人たちは、ある意味、動物的というか、一緒に歩いていても書ける場所があったらすぐに書いちゃう。私だったら『逮捕されるかも』とか『少なくとも、僕の目の前ではやらないでよ』とか考えちゃうんですけど、彼らと話しているとまったく気にしていないみたいなんですよね」とのことだった。だが、「まったく気にしていない」というのは、半分合っていて、半分違う。

◆ヴェリーさんの「お仲間」の言葉に含まれていた感情

 実際、今回の取材でヴェリーさんの「お仲間」にお会いさせてもらったときにもグラフィティの違法性について尋ねると、「まぁ、いろいろとありましたけどね。でも、軽犯罪ですから。ええ、いろいろありましたけど」と穏やかに語ってくれた。ヴェリーさんもそうだが、私の出会ったグラフィティ・ライターの人々(といってもほんの数人だが)は「きっと荒くれ者なんだろうな」という勝手に抱いていたイメージとは真逆な穏やかさを湛えているのが、とても意外だった。

 そして、初対面の私にはそれ以上は深く語らない。恐らく、私がしたような質問は何百回ともなく受けてきたのだろう。そして、文字にしてしまうと「軽犯罪ですから」という言葉は、「軽犯罪だから別にいいだろう」という開き直りのように読めてしまうかもしれないが、実際の言葉ではさまざまな感情が含まれている声という印象があった。「いろいろ」という言葉の中に数々の修羅場みたいなものを経てきた経験が含まれているのだろうな、と感じた。

 イメージとしては、「さんざん悪さをしてきた不良が、過去の行ないを見つめ直して大人になっている」という感じだろうか。彼らには失礼な表現かもしれないが。ただ、一方で現場でバリバリやっているときはいわゆる「世間のルール」とはまったく違うところに生きているのが、彼らグラフィティ・ライターという人々である、ということもまた間違いない(また、「法治国家で法を守ること」は当たり前すぎるほど当たり前の大事な大前提だが、その前提を共有したうえで、ときに「自分でリスクを引き受けて、あえて違法行為を行うこと」が世の中を変えることもある。これも他人の人権を侵害しないことが大前提となるが、この件に関しては、次回以降に触れていく予定だ)。

 さて、このように書くと、グラフィティ・ライターに対して「違法行為をしてのうのうと生きている人たち」という印象を受けて怒る人も多かろう。だが、それですべてが免責されるわけではないという前提のもと、実際に彼らはその行為に対しての「代償」や「制裁」を受けてきたようだ。ヴェリーさん自身がグラフィティを続けていくなかでの実体験を書ける範囲でご紹介しよう。

「もう失敗の繰り返しですよね。警察ともいろいろありましたし、怒られたし。また、僕が活動しているエリアではグラフィティ・ライターも街の人も、みんな繋がっているわけで、呼び出されて」

 なにせ、自分の名前を堂々と書いているわけだ。街なかの壁などにVERYONE、と。「お前、やったろう」と言われたら言い逃れもできない。また、インターネットに個人情報を晒されるなど、自分の行為のリスクに対しての「制裁」を、公的にも私的にも受けているのが実情だ。さらに、これはヴェリーさんの話ではないが、グラフィティ・ライターがもちろん賠償請求をされて、数百万単位のカネを支払うようなケースもあるという。

「ただねぇ、カネをとっといて、そのグラフィティを消していなかったりすることもあるんですよね」

 なんなんだろう、足元を見られているのか、と少しヴェリーさんは怒っていた。このように、リスクを取りながらもストリートにこだわってきたヴェリーさんだからこそ、合法な活動に移行した現在も、「グラフィティに寄せてくるアーティスト」を完全否定する。

◆グラフィティ風アートに対する怒り

「ストリート・アートのグラフィティ風の作品。あれは許せない。やっぱり。『気持ちが悪い』ってグラフィティ・ライターはみんな思っているし、『逮捕されることがかっこいい』ということではなくて、そのリスクの上にグラフィティっていうのは成り立っているんで。そのリスクがなければ、もうグラフィティじゃない。それをまったく抜きに飛び越えて、おいしいところだけを持っていく『アーティスト』にはイラっとしますよ、そこは。例えば、店に許可をもらってシャッターにスプレーで書くだけのストリート・アーティストとかね」

 もちろん、ヴェリーさんは今は許可を得たうえで書いた「作品」を発表しているが、そこには矛盾がない。現代アートとグラフィティの関係を、今回、取材にアテンドしてくれた大阪の美術関係者A氏に解説してもらおう。

「アートがいいとか悪いとかじゃなくて、全然、別の文脈なんですよね。グラフィティとアートは。グラフィティはストリートが学校みたいなものじゃないですか。ある種の『遊び』と言うと語弊がありまくりますが、彼らはヴェリーくんが今、言ってきたようなリスクをとりながら、センスを競い合っている。僕も美大卒で、こういうストリートカルチャーを知らなかったから、『美術で大学に行かなくても、センスを競い合える場所はあったんだな』というのは、正直、驚きでしたよね」

 A氏は美術に携わる人間として、「グラフィティへのリスペクトはある」と公言する。

「僕もそういう場所にいましたから、わかるんですよ。現代美術の人たちは決して声を大にして言いませんが、いつも美術館やギャラリーでやっていて、今はそこから外に出ようという流れがもう数十年続いている。いわゆる地域アートでもストリート・アートでもなんでもいいですけど、でも、グラフィティのほうが、もうとっくに美術館、ギャラリーの外部でやっていて、別に美術館に絵を観に行かなくても、『あ、ヴェリーの“絵”、ここにある』とか『こんなところに書いていて、センスがいいな』とか、誤解を恐れずに言えば、ストリートの現場の楽しさがある。まぁ、取材ということなら、匿名じゃなきゃ言えませんがね(笑)。これは街が美術館、ギャラリーと反転しているわけですから、『現代美術の人たちも本当はこういうことがしたかったんでしょ』となっちゃうんですよね」

 この話を聞いて、かつて横浜で撮影したステッカーのことを思い出した。「アートヲムリョウデ…ロジョウデコテン…」とそこには書かれており、私も「なるほど、『路上展示』という意識でグラフィティやステッカーを街なかにBOMBしている人たちもいるのだな」と思ったものだ。

 そして、A氏は「ヴェリーの”絵”」と言ったことに即座に訂正を加えながら、解説を続けてくれた。

「今、『絵』って言っちゃったけど、『グラフィティは文字だから、あれはアートじゃない』という人もいるんですよね。でも、そんなくだらない話や定義づけよりも、行動としてはグラフィティのほうが現代アートの先を行っちゃってる。それはヴェリーくんが言ったことの蛇足になるけど、それこそ逮捕のリスクとかの『物語』があるし、街アートみたいなもので、それは越えられないでしょう」

 これらの話を受けて、「では、ヴェリーさんはアーティストなんですか?」と本人に意地悪く聞いてみると、「まぁ、アーティストでしょう」と意外な答えがすぐに返ってきた。

「『文字書き』でも、アーティストはアーティスト。やっぱり、色を塗って、きれいにして仕上げてみると、グラフィティを『アート』と言われれば『アートだよな』と思うんです。だから『アートじゃない』と言われても、ちょっとなんか難しい話ですよね。ただ、やっぱりグラフィティとアートとは、本当にちょっと相容れないところはあるんですよね」

 このヴェリーさんの言葉に対し、A氏はさらに補足を加えてくれた。

「ストリートでやっていないアーティストが、グラフィティのデザインの良いとこだけを取ってて、見た目だけストリートっぽい感じでギャラリーで展示していたりしたら、そりゃあ、ライターはムカつくでしょう(笑)。誰とは言いませんがね」

 誰のことだろう? さて、では我々も分かっていない「グラフィティ・ライターのストリートの流儀」とはなんなのだろうか? 次回は、ここに迫っていく。

取材・文・撮影/織田曜一郎(週刊SPA!)

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