一流アーティストたちが大絶賛する下野ヒトシさんの素顔とは

2019/2/17 12:02 教えて!gooウォッチ

一流アーティストたちが大絶賛する下野ヒトシさんの素顔とは 一流アーティストたちが大絶賛する下野ヒトシさんの素顔とは

ベーシストとしてだけではなく作編曲家や音楽プロデューサーとして、さらに自身のソロユニット「テアトロ・ラッフィナート」で活躍中の下野ヒトシさんの力の源は“意地”であった!?

■スタートはピアノから

――このインタビューの最後にプロフィールを記載しますが、下野さんのこれまで携わってきたお仕事の経歴が豪華絢爛過ぎて、ある意味恐ろしいですねっ!

いや、恐ろしいことはないですよ(笑)。

――作編曲されているバレーボールVリーグのテーマ曲『Black or White/Repose』ではTHE ALFEEの高見沢俊彦さんをフィーチャリングアーティストとしてお迎えをしていたりもしていますが、楽器のスタートはベースからですか?

いえ、ピアノからです。母が父と結婚する前までピアニストだったので、その影響というか半ばやらされていた感じで始めました(苦笑)。

――ピアノ自体はあまり好きではなかった?

どちらかと言えば嫌で嫌で仕方なかったほうです。

――それは「どちらか」というより、「完全に」嫌なほうですね(笑)。

■ベースを始めたきっかけは学園祭?

――ではベースを始めたきっかけは?

中学2年の時に学園祭に出場するバンドから「Duran Duran(デュラン・デュラン)の『プリーズ・テル・ミー・ナウ』を演奏したいから、ベースをやってみない?」と誘われたのがきっかけですね。

ベースを始めたきっかけは学園祭?

――いくらピアノが弾けるからって、いきなりベースとかを弾けたりするのですか?

全く弾けなかったです(笑)。

――ですよね~(笑)。

せっかく誘われたので、近所のギター教室に通ってはみたものの、結局Duran Duranのコピーバンドが途中で崩壊しまして……

――それはまた何故ですか!?

バンドではよくあるパターンで、ボーカルが定着しないと崩壊してしまうのですよね(苦笑)。

■家庭教師から教わった『ドミノ・ライン』

――下野さんがお会いして影響を受けた方はいらっしゃいましたか?

高校受験を控えている時、6歳上の兄の同級生の方に家庭教師をしてもらいまして

――ほう!

受験勉強なんかそっちのけでその家庭教師の方が僕にレコードを貸してくれては「ヒトシくん、これスゲーヤバイ曲だから聴いてみない?」と、ずっと音楽の話しをしてくれていたんですよ。

――(笑)。

そこでCASIOPEA(カシオペア)の『MINT JAMS』とういアルバムを勧められ、その中に『ドミノ・ライン』という曲が収録されていて、それが衝撃的な曲でして……

家庭教師から教わった『ドミノ・ライン』

――どこに衝撃を受けましたか?

ドミノ崩しって“カタカタカタカタ…”って音を立てて倒れていくじゃないですか。その“カタカタ”を十六分音符に文字って“タカタカタカタカ…”をCASIOPEAのメンバー4人がギター、ドラム、べース、キーボードで一点ずつ各自“タ・カ・タ・カ”と奏でるんですよ。もちろん正確性がないと崩れてしまいますが、個々の強力なリズム感で表現するんですよね。

――なるほど!

そこで「僕も『ドミノ・ライン』を弾けるようになりたい!」と、その家庭教師の方に伝えたら「まぁ…ヒトシくんには無理だね」と言われ、もうその一言で心をバッサリ斬られて大っ嫌いになってしまい、親に悔しくて泣きながら「もう絶対にあの家庭教師は嫌だ! あの人が来るなら僕は二度と勉強はしない!」と伝えてしまい……

――親御さんとしては家庭教師と密室で一体何が起こったのかと心配したでしょうねぇ……(苦笑)。

親はひたすら家庭教師の方に「ウチの息子がいきなり拒否してしまい申し訳ありません」と謝っている中、僕はその日からひたすら『ドミノ・ライン』を弾けるようずっと練習していました。

■江川ほーじんさんとの出会い

――そう聞くと、やっぱりその家庭教師の方はベーシストとして向上をさせてくれた恩人になりますね(笑)。

いまにして思えば悪い事をしました(苦笑)。それで高校に進学してからも『ドミノ・ライン』がなかなか上達できない中、テレビで爆風スランプの江川ほーじんさんのベースの演奏を見た時に「すっげぇな…」と思い、学校で爆風スランプのコピーバンドをしていました。

――江川ほーじんさんとお会いした事はあるのですか?

それが当時の爆風スランプのコピーバンドをしていた友人のドラマーから「駅でよく江川ほーじんを見るよ」という目撃情報をもらい、そのドラマーがなんとほーじんさんの後をつけて家を見つけたので、僕はベースを持ってほーじんさんの家へ伺ったんですよ(苦笑)。

江川ほーじんさんとの出会い

――なんとっ!

するとほーじんさんがドアから出て来まして「……誰?」と言われて。

――(笑)。

そこで「ベースを教えてください!」とほーじんさんにいきなりお願いをしたら、「入りなよ」って家に入れてくれまして(苦笑)。

――ええー!?(驚愕!)。

そこでほーじんさんの目の前でベースを弾いたら「お前のベースは「あいうえお」のレベルで言えば「あ」程度だ」と言われ、「お前、これからどうするの?」と聞かれたので「僕はプロになりたいです! やるからには一番になりたいので、ボストンのバークリー音楽学院へ行きます!」と答えたら「いや~、無理無理」って言われてしまいました。

――まさに家庭教師の方と同じ展開!

ほーじんさんは「そんな所へ行く奴は五万といるし、行った所でプロのベーシストになれるわけでもないから、日本で修業しろ」と助言をもらいました。

――さすがほーじんさん、適格な助言ですね!

だけどまたそこで僕は悔しくて、悔しくて…「いや、僕は行きます!」と言って帰りまして、その後バークリーに入学しました(苦笑)。

――うーん、やっぱり下野さんの意地の方がすげぇや!(笑)。

ほーじんさんの自宅を突然訪れたにもかかわらず、帰り際に「記念に」と、ほーじんさん自ら下野さんのベースの弦を張り替えてくれて、その弦はいまでも下野さんの宝物だそうです! そしてバークリー音楽学院から帰国したおよそ十年後、ベースの教則ビデオを出すまでになった下野さんが、江川ほーじんさんとばったりに出会ったところ「お前、すげぇベース上手くなったな!」と、そのベースの教則ビデオまで視聴していて下野さんの存在を忘れていなかったというステキなお話までしてくれました!☆☆☆

●下野ヒトシ(Hitoshi Shimono)プロフィール
下野ヒトシ6歳からクラシックピアノを学び、14歳からベースを始める。17歳からプロフェッショナルとしての活動を開始。1990年にアメリカ・ボストンのバークリー音楽学院へ留学。4年に渡るアメリカでの音楽活動を経て帰国、国内にてベーシストとして数々のアーティストのレコーディングやツアーに参加する。1998年にリットーミュージックより発売された『スラップベースの常套句』は爆発的なヒットを記録し、「日本を代表するスラップベーシスト」との評価を得る。国内にて鈴木雅之、Sing Like Talking、ゴスペラーズ、上妻宏光、平原綾香、海外アーティストに至ってはSteve Bailey、David T. Walker等様々なアーティストをサポートする。また、ベーシストのみならず、近年からはジョン・ヨンファ、マシュー・モリソン、ジョン=オーウェン・ジョーンズといった海外アーティストのミュージックディレクターも務める。さらに作編曲家、プロデューサーとして倖田來未、JUJUへの楽曲提供、佐藤竹善、鈴木雅之、中西圭三、mihimaru GT、Soffet、松下奈緒等数多くの著名アーティストの編曲、サウンドプロデュースを手がけている。2010年よりメインユニット「テアトロ・ラッフィナート」としての活動をスタート。ジャズ、クラシックをベースに管弦楽を取り入れた音楽は「ニューロマンティックジャス」と称されている。
最新アルバム「Page One」発売中。
2019年7月14日テアトロ・ラッフィナート第21回定期演奏会開催。
オフィシャルホームページ http://hitoshi-shimono.com/

●インタビュアー:首藤和仁(Kazuhito Shudo)
首藤和仁1970年7月20日生まれ。神奈川県相模原市出身。1995年、株式会社アスキーへ入社。週刊ファミ通にて近藤るるる・著『天からトルテ!』、『たかまれ!タカマル』、『テラオ(Next Generation Machine TERA-O)』等を担当し、ヒット作に。その後2013年、株式会社KADOKAWAへ移籍し、ComicWalkerの副編集長へ就任。和田ラヂヲ・著『猫も、オンダケ』では漫画担当および同作のテレビアニメのプロデューサーへ就任。現在はイマジニア株式会社のマンガほっとにて天月みご・著『酒男子』や伯林・著『メダロット再~リローデッド~』のクロスメディアプロデューサーに。またエルジェイ有限責任事業組合にて『マモニャン』のクリエイターや株式会社エスケイジャパンにて『忠犬もちしば』のコンテンツプロデューサーとしても鋭意製作中。

教えて!goo スタッフ(Oshiete Staff)

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