賑やかなカレー沢家で過ごした「夫婦の休暇」

2019/1/11 11:55 AM

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今回のテーマは「夫婦の休暇」である。今年は無職になってから初めての正月だった。

無職になってからの気づきはいろいろあるが、一番の発見は、無職は世間一般の連休が全く楽しくない、という点である。
まず週休七日なのだから休日という概念がそもそもない。
むしろ無職が全てを失って得た「長すぎる休み」という特権を社会保険とかに加入している下々の者までもが享受してしまう正月含む連休というのは、何のために無職をやっているかわからなくなる。

それどころか、義理の親戚回りや義務の初詣など、無職にしたらいつもより「やることが多い」「人間と会話しなければならない」のが正月なのだ。
しかも親戚のあつまりにおいて「健康な無職」というのは、酒の肴、もしくは「目を合わせてはいけないもの」扱いなのである。
そんな、新年団欒の間を一気に事故物件にしてしまう存在なので出来るだけ人前に出たくない。よって無職はひきこもりがちになるのだ。

これがかの有名な哲学「ひきこもりが先か、無職が先か」である。

私も無職としてさらに徳を積めば、盆だろうが正月だろうが部屋から出ず、親戚も一切それに触れないという、まさに「我が家に勝手に住んでる神」状態になれる日が来るかもしれないが、何せ今は無職1年生である、今回は諾々と両家の実家に行くしかなかった。

正月は無職にとっても嬉しくないが、既婚者にとっても嬉しくない場合がある。特に多くの「嫁」が狂を発するイベントとしても有名だ。
その点私は「人生の全てを近場で済ました」という強みがある。実家が両方近いため、どちらも日帰りで終えることができる。
人によっては「義実家に二泊以上」というエクストリーム正月を毎年キメなければいけない、という人もいるだろう。それに比べれば数時間、無職らしく一言も発さずその場にいるぐらい容易いことである。

そんなわけで今年も両家実家に行ったのだが、私の実家と夫の実家はある意味で対照的である。
夫の実家は、下は保育園児、間にJKもいるという、割と若い集まりなのだ。
片や私の実家はアラフォーになった私が最年少、平均年齢は悠に50を超えている。

このように繁殖能力の差が如実に出てしまっているのだ。
しかし夫の実家の集まりは賑やかで、私の実家はお通夜ムードかというとそんなことはない。
子どもは確かに自由で騒がしい。しかし老化も一線を越えると賑やかになってくるのだ。

賑やかなカレー沢家

現に今年は、親父殿が何もない所でこけたり、ババア殿がソーメンを食った後にソーメンを所望したり、トイレに行ったかと思えばトイレに行ったりするので、逆に思春期の子どもばかりが集まった会より盛り上がってしまった。

90近くなったババア殿は、相変わらず横になっていることが多いようだが、どこか悪いわけではなく、頭も言葉もまだはっきりしている。 それよりも、親父殿の老化の方が目を見張るものがあった。
ボケているのとはまた趣が違うのだが、何を言っているかがわからねえので、大丈夫かと聞いたら「小脳が縮んでいる」とわかりやすく教えてくれた。

しかし、ババア殿と親父殿の老いには決定的差がある。
ババア殿が数年前から体調を崩し、ベッド生活になった時は、相当ショックだった。正直泣いた。
それは今まで見てきたババア殿がしっかりした、良く働く人だったからである。

片や親父殿は老いたなと思うし感傷もあるのだが「ショック」がないのだ。
何故なら親父殿は割と昔から、フリースタイルダンジョンであり、路上で寝たり、部屋をトイレと間違えたりする人だったので、今の姿を見ても「動きは悪いが平常運転」に見えてしまうのである。

「老い」というのは若い頃どうだったかで周りに与えるショックがまるで違うのだ。
私たち夫婦で言えば、夫がボケて、一日中空(くう)を見つめていたり、部屋でウンコするようになったら私は泣き崩れてしまうだろう。

しかし私がボケても夫はそんなにショックを受けない気がするのだ。
今でも、気が付いたら虚空を見つめたまま微動だにしてないし、まだ部屋でウンコはしてないが、部屋の床は腐らせた、便所の使い方もしてる最中で敵襲を受けたとしか思えないほど汚い。
そういう人間が部屋でクソをしても「マイナーチェンジ」ぐらいの感想しかないだろう。

つまり若と老のギャップが小さい人間ほど周りに与える悲しみが少ないのだ。

親父殿があんまり私を悲しませなかったのと同じように、私は夫を悲しませたくない。よってこれからもチョイチョイ床を腐らせたり、頃合いを見て部屋でオシッコをしたり、夫を慣れさせていきたいと思う。

ところで、ババア殿は今デイサービスに通っているらしいのだが、そのデイサービスに私の著書を持って行ったそうだ。

「どれを?」とは聞かなかった。どれでもダメだからだ。
私が鳥山明か村上春樹だったら施設に一目置かれてサービス内容が良くなったかもしれないが、逆にそれで虐待されるようになってないか心配である。

しかしババア殿にとって、私は「何としてでも隠しておきたい存在」ではなく「うちの孫こんなことしてますねん」と他人に言いたくなるぐらいの孫であるとわかったのは嬉しい。

Text/カレー沢薫

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