わたしを通りすぎたすべての人の命が今日終わるよう呪っている/葭本未織

2018/12/28 12:07 AM

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終わった恋の足跡を辿る、忘恋会2018。
今年の締めくくりにふさわしいとっておきの恋愛納めコラムを厳選してお届けします。
一旦ケジメをつけて、来る2019年の新しい恋に備えましょう。

一ノ瀬伸

わたしを通り過ぎて行ったすべての人間へ、毎朝手を合わせ、今日こそはその命が終わるように呪っている。

* *

家から駅まで15分。なだらかな坂をぼんやりと下り、目的地まであと一息といったところに、ブックオフがある。
そのあたりに差し掛かると、わたしはいつも手を合わせ、心の中でこう唱える。

「どうか、あの人たちの命が今日、終わりますように」

幹線道路に面した店の前には、ワゴンがあって、そこにはどこにでも売っている誰でも買える本が乱雑に積まれている。持ち主の手を離れ、かといってここが終の棲家でもない。不安げに次の出会いを待つ本。どこにでもいるつまらない本。彼らの発する匂いが、開いているはずのまぶたの裏に、突如、過去を映しはじめる。それをどうしても消したくて、勢いよく目を閉じて、そして開けて。排気ガスを吸い、少し唇を震わせて出てくる確信は、「わたしは忘れた恋など一つもない」ということだ。

* *

男であれ女であれ、人生のある一瞬を、100パーセント、その人間にだけ掛けてしまう。わたしはそれが恋だと思っている。
そういう意味でわたしは恋多き女だろう。男であれ女であれ、いつでも誰かに「掛けて」しまう。
この場合、わたしが相手に掛けているのは、想いではなく、期待だ。この人ならわたしの100パーセントに応えてくれるのではないだろうか、という期待。
わたしの中には0か100しかない。わたしに触れるなら100パーセントで。それが無理なら、一切、近づかないで。
なんてヒステリックな言葉。もしも何気なく手にとった、ワゴンの中の本のページから、こんな文字が飛び込んできたら? 自己嫌悪でゾッとする。なのにわたしは、とめどなくあふれるこの悲鳴を止める方法をまるで知らない。

だけどこんな人間にも、時折、100パーセントを捧げてくれる相手があらわれる。しあわせな話だ。二人はお互いがお互いにとって一番大切な蜜月を過ごす。そののち、関係は破綻する。なぜなら100パーセントは永遠ではないから。

* *

恋の忘れ方なんて一つしかない。
「見つける」ことだ。
それは、新しい相手か、自分が打ち込めるものか。とにかく何かを「見つける」のだ。
おぼえていてほしいのは、見つけた何かに価値があるのではないということ。
価値があるのは、「わたし」が「見つける」という行為そのものだということ。
誰にでも見えているものでも、「わたし」にだけ見えていない何かが「ある」。
それが人生を変えるのだ。

ここまで読んで鼻で笑ったやつ、出てこい。ひとこと言う、お前は一生そのままだ。恋も忘れられないし、成長も出世も絶対しない。のんきに生きるふりをして自分自身を探るのをやめるなら、お前は一生そのままだ。笑うな、信じろ。まず、自分の知覚を疑え。本当に何かを見つけたいのなら。五感を震わせろ、極限まで、けして諦めずに。自分を見つめろ、そして、見つけ出せ。

* *

「見つける」ということを、君自身が、ふれて確かめて

しかし「見つける」だとか「見つけ出す」だとか、そんな人生を変えるぐらい大事なことが簡単にできりゃ、恋に泣く人間なんかいないだろう。

おつかれさまでした、と言った瞬間から、まぶたの裏に過去が映りだす。過ぎ去った人が笑う。人間のふりをしていた自分が一匹のみじめな獣になる。嗚咽をこらえ家路を急ぎ、胸をかきむしるようにして布団をかぶり震える。けれど朝になれば、また普通の人間のふりをして、服を着て街へ出る。
初めての恋を終えた日から、「わたし」はいつも「わたし」を演じている。

だからわたしは、終わった恋を、決して忘れない。

だから君?
これを読んでる君!
君も忘れなくていいよ。

* *

わたしは毎朝、彼ら/彼女らを呪っている。
駅まであと一息のブックオフで、小さく唇が震えている。ワゴンに打ち捨てられた、かろうじて売り物のつまらない本。あれはわたしだ。 本当はつまらないはずないって、泣き叫んでいる。その声は誰にも聞こえない。彼らが元の持ち主を殺せないように、わたしの呪いも絶対に届かない。

そう、届かないのだ。

呪っても呪って、呪いきっても、彼らはけして死なない。君やわたしが本物の呪術師ならいざ知らず。こんな幼稚な呪いで死ぬ人間はいない。もう一度言う、どれだけ呪っても、ただ呪うだけでは、人は死んだりしない。それだけは事実だ。事実なのだ。

だからわたしは、毎朝、彼ら/彼女らを呪っていて、同時に毎朝、喜びの涙を流している。

わたしがどれだけ呪っても、あの人たちは絶対に死んだりしない!

その事実がわたしを傷つけ、そして安堵させる。だってきっと、あの人たちは、今日も絶対、生きててくれるってことでしょ。生きててくれるんだよ。だからね、わたしはずっとずっと忘れない。忘れないということはまた、わたしの心の中に、あの日のあの人たちがずっと生きているということだから。

過去のあの人たちと、現在のあの人たちは、今日もわたしの手の届かないところで、わたしのことなんて知らずに笑っている。

生きている。

だから、君。いま苦しい君。忘れなきゃ、忘れたい、だけど忘れられないと、過ぎ去った誰かを呪う君。そんな自分が、大嫌いな君。わたしと一緒に、呪いきってみて欲しい。思うだけなら自由だ。たくさん呪おう。朝の訪れに呪って、昼の平穏さに呪って、夜の終わりに呪うだけ呪ったら、顔をあげてごらん。絶対彼らは死んでないから。君はびっくりするぐらい無力だ。
だからお願い。無力な君、けして自分を呪わないで。その呪いは、君にだけひどく強力なの。

泣きながらくるまった布団の奥には本当の闇がある。それに身を任せながら、暗闇の中、目を凝らして。耳を澄ませて。匂いを感じて。味わって。五感を震えさせながら、そうして、見つけ出して。「君が見つける」ということを、君自身が、ふれて確かめて。

* *

朝、目が覚めて、服を着て、家を出る。駅まで15分。ブックオフの前で、わたしはそっと手を合わせる。過去はけして捨て去れず、苦しみはいつまで経っても過ぎ去らない。
忘れた恋などひとつもない。

だけどわたしは今日もまた、新しい恋をするだろう。

Text/葭本未織

葭本未織(よしもとみおり)|劇作家・女優
1993年1月生まれ、兵庫県出身。2歳の誕生日に阪神・淡路大震災を被災。仮設住宅で育った経験を持つ。
9歳から演劇をはじめ、22歳で処女作『聖女』が第60回岸田國士戯曲賞に推薦。それをきっかけに劇作家として活動を開始。
2016年、少女都市を旗揚げする。少女都市 主宰。
2019年8月にこまばアゴラ劇場にて舞台『光の祭典』を再演予定である。
Twitterは、@yoshimoto_miori

次回は<恋人のさりげないひと言が心に傷を残し続けた/ラブリーサマーちゃん>です。
好きな人の一挙一動に一喜一憂するのが恋愛の醍醐味という意見があるように、例えそれが何気ない一言でも彼からの言葉は大切ですよね。今回は元恋人に言われたショッキングなひと言をラブリーサマーちゃんがお話してくださいます!

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