携帯電話・スマホがない時代の待ち合わせは大変だった? メールやLINEに慣れ切った現代人は、スマホに頼らずスムーズに出会えるのか?

2017/9/13 15:00 ネタりかコンテンツ部

携帯電話の登場以来、「待ち合わせ」は容易になった。遅刻しても、待ち合わせ場所が見つからなくても、電話やメール、LINEひとつで“すれ違い”を防止できる。

しかし、考えてみれば携帯電話が普及し始めてから、たかだか20年程度しか経っていないのだ。その便利さを当たり前に享受している今となっては遥か昔のことのように思えるが、そういえば「携帯がない時代の待ち合わせ」ってどうしてたんだっけ?

 

便利さに溺れ忘れてしまった当時のもどかしさを今一度体感すべく、あえて携帯に頼らず人と待ち合わせてみることにした。

 

我々は出会えることへの感謝を忘れちゃいないか?

人類史上、幾度となく行われてきたであろう「待ち合わせ」。その中には、何らかの事情でうまく出会えず失敗に終わったものもあったはずだ。一方が待ちぼうけをくらったりして喧嘩になり、そのまま別れてしまった縄文人のカップルもいたかもしれない。

 

縄文カップルも竪穴式住居前で待ち合わせたりしたのかもしれない ※画像はイメージです(写真:Adobe Stock)

 

だが、スマホで密に連絡を取り合える今となっては、「失敗」のリスクは格段に減った。待ち合わせ史上における、革命的な時代といえるだろう。我々はもっと「出会える」ことに感謝すべきなのだ。

 

渋谷で6時に待ち合わせ

さて、能書きはこれくらいにして、さっそくスマホなしで待ち合わせてみるとしよう。

 

この日は後輩ライターの小野くんと「渋谷・ハチ公前で午後6時」に落ち合うことになっている。渋谷といえば5時に待ち合わせるものだが(※昔、そういう歌があった)、どうせなら待ち合わせの難易度を上げたほうが面白いだろうということで、より混雑しそうな時間帯をチョイスした。

 

 

というわけで、スマホをソファに投げ捨て渋谷へ向かった。

 

 

渋谷に到着したのは約束の10分前。週末ということもあり、6時の渋谷はやはり激混みであった。

 

 

困ったことに、ハチ公のすぐ近くはすでに先客の待ち人たちに陣取られていた。そのため、銅像からやや離れた場所で待つしかない。いつもならここでLINEでも送り、「ハチ公を正面に見て左側に5メートルほど歩いた植え込みのところにいます」などと具体的な場所を伝えるところだが、今日はまるで打つ手がない。スマホなしの待ち合わせは、予期せぬアクシデントに弱い

 

ぴょんぴょん飛び跳ねたり、大声を出したりして目立つことで自分自身が「ランドマーク」になるという手もある。いやしかし、どちらも恥ずかしいので普通に静かに待っていたら、ようやく小野くんが僕を見つけてくれた。約束時間の10分後であった。

 

 

小野くん、ようやく会えた喜びで顔がほころんでいる。容易く会えないからこそ、会えた時の喜びも大きなものになる。まさに、会えない時間が愛、育てるのかもしれない(※昔、そういう歌があった)。

 

さて、せっかくなので場所を変え、再び待ち合わせてみることにした。

今度は同じく渋谷の「モヤイ像前に10分後」とした。

 

 

10分後、モヤイ像前にやってくると……。

 

 

いた、小野くんだ。今度はすんなり見つけられた。

モヤイ像前はハチ公前に比べて待ち人が少ないため、週末の6時台という待ち合わせのピークタイムであっても、このように目立つポイントを確保できる。スマホなしの待ち合わせでは、「目印になり、なおかつそれほど人がいないポイント」をいかに見つけ出すかということがカギになりそうだ。

 

 

こちらは東口にある「ホープくん」。このように、ほどほどにマイナーかつ、インパクトのある“二人だけの目印”を見つけ出せればしめたものである。

 

 

すれ違う二人

さて、思いのほか簡単に再会できてしまったので、今度はやや難易度を上げたい。

 

次は「お互いに行ったことがなく、目印となるものがあるかどうかも分からない場所」で待ち合わせてみよう。果たして出会うことができるのだろうか?

 

 

いったん別れ、10分後の再会を約束したのは、今年の春にできたばかりの「渋谷キャスト」である。落ち合う場所は、ざっくり「入口のところ」とした。

 

 

10分後、渋谷キャストに到着した。だが、困った。「入口っぽいところ」がいっぱいあるではないか。

 

 

仕方がないので、その中でも「特に入口っぽいところ」で小野くんを待つことにした。しかし、待てども待てども彼はやってこない。

 

 

その頃、小野くんはというと、また別の入口っぽいところで待っていたようだ。

 

 

ちなみに、筆者がいたのは1階の入口、小野くんがいたのは2階の入口。距離にすればほんの数十歩といったところだが、互いに位置が見えない死角に入ってしまっていたのだ。

 

この場合、どちらかが歩み寄ればすぐに会えるのだが、「事情があって遅れているのかもしれない」「下手に動くとすれ違ってしまうかもしれない」などと、双方が余計な気を回して動くに動けず、時間だけが経過していった。スマホがあれば5秒で解消できるすれ違いだが、結局出会うまでに15分もの時間を要した(イチかバチかで筆者から歩み寄った)。

 

————————–

 

このように携帯・スマホがない時代の待ち合わせは、かくもシビアで、すれ違いを生みやすいものだったことがお分かりいただけたと思う。

 

 

駅の「伝言板」で出会えるのか?

さて、そんな時代の待ち合わせに重宝されていたのが、駅の改札口などに設置されていた「伝言板」である。約束の時間に待ち人が現れない場合、「先に現地へ向かっています」「1時間待ちましたが帰ります」「夜、家に電話します」などと伝言を書き残すものだ。

 

あれをうまく活用すれば、スマホがなくてもすれ違いを防げるのではないか? 最近ではほとんど見かけることはなくなったが、複数の鉄道会社に問い合わせてみた結果、北総鉄道の新鎌ヶ谷駅に今も現役の伝言板が残されていることが分かった。

 

 

ご覧のように、ほとんどの鉄道会社が撤去してしまっていたが、6社目でようやく存在を確認することができた。

 

 

そこで、我々はさっそく新鎌ヶ谷駅で待ち合わせてみることにした。

 

 

改札口の目立つ場所、確かに伝言板はそこにあった。だが、伝言を書き込んでいる人は誰もいない。

 

 

しばらく使われていないためか、チョークも置かれていなかった。

 

 

黒板消しは擦り切れてボロボロだった。

 

誰にも利用されず、時代に取り残され、“過去の遺物感”が漂う伝言板。それでもやたらと存在感だけはあって……、どことなく居心地が悪そうに感じられるのは気のせいだろうか。

 

 

ちなみに、約束の時間を過ぎても小野は来ていなかった。あとで聞いたらリアルな遅刻で、別に企画を面白くしようと忖度したわけではなかったようだ。

 

 

だが、彼が遅刻してくれたおかげで伝言板の効果を試すことができる。駅員さんにチョークをお借りし「パン屋のカフェにいます」との伝言を残して、珈琲を飲みながらゆっくり待つことにした。

 

 

なお、パン屋のカフェは改札の目の前にあった。

 

 

3杯目のアイスコーヒーが尽きようとする頃、

 

 

小野がヘラヘラしながらやってきた。1時間半の遅刻である。

 

これだけ相手を待たせたら、普通は「怒って帰ってしまったんだな」と諦めるだろう。しかし、伝言板があることですれ違いを回避し、僕らは無事出会うことができた。

 

 

「姿が見えないので帰ろうかと思いましたが、メッセージがあったので」

やはりヘラヘラしている小野。こいつは俺のことをめちゃめちゃ舐めているのではないかという重大な疑惑は生じたが、まあ出会えたので水に流すとしよう。

 

まとめ

というわけで、スマホがない時代の待ち合わせは、やはりそれなりに苦労を伴うものだった。しかし、だからこそすれ違わないために事細かく待ち合わせ場所を指定し、時間を厳守し、仮に遅れた場合の約束事を決めておく。なんというか、今よりも「出会うことに対して一生懸命」だったのではないかと思うのだ。

 

そうした苦労の果てに出会えた時は、相手がより愛しく思えてくる。そう、90分遅刻してヘラヘラしている後輩を許せてしまうほどに、愛しいのである。

 

 

取材・文:榎並紀行(やじろべえ)

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