37.2度で表われる人間性について| カツセマサヒコと月曜日の退屈(第六話)

2017/9/11 07:01 ネタりかコンテンツ部

「月曜日の憂うつな通勤電車とかでサクっと読めるような記事を書いて、その原稿料でダラダラと暮らしたい」という夢を持つライター・カツセマサヒコさんのエッセイ連載。疲れを残した週の始まりに、ゆるりとどうぞ。

(前回はこちら)

 

第六話 「37.2度で表われる人間性について」

 

“極限状態に立たされたときこそ、人間性が露呈する”というのは、よく聞く話だ。

 

ハリウッド映画などでよく見かける。

大災害が起きたり、宇宙人に攻め込まれたりして、街中が大パニックになっているとき、暴力を振るう、発狂しながら笑う、愛する人を守ろうとするなど、いろんな人が描かれる。

 

普段はインテリで、オシャレで、クールな二枚目キャラが、悪役に脅されたら腰を抜かして逃げ出すみたいなシーンは、もはや定番とも思える。

 

とはいえ、映画みたいな展開って、そんな頻繁に起きるものじゃない。

だから私たちは、その人の“非常時の人間性”みたいなものを知らないケースがほとんどだ。

 

これはある意味、幸せなことだと思う。

平穏な毎日が一番であることは、きっと誰だってわかっているし、望んでいる。

非常事態なんていつだって起きないほうがいい。

 

 

何故こんな話をしているかというと、私は現在、37.2度の熱がある。

この「37.2度」という微熱中の微熱が、とても身近な非常事態ではないかと思ったからだ。

 

「37.2度」なんて、人によっては平熱扱いかもしれないし、普段と変わらないメンタルで日常生活を過ごす人も大勢いるだろう。

 

でも、別の人にとっては、私のようにメンタルが弱すぎる人間からしたら、この「37.2度」が十分、体調不良の一種に入る。

 

「ああ、だめ、原稿が進まない。何故なら37.2度だから」

「もう、だめ、今日の服装が決まらない。何故なら37.2度だから」

「ええ、うそ、電車に間に合わない。何故なら37.2度だから」

 

すべてを「37.2度」のせいにして、やる気も元気も根気もなくしてしまう。それが私という人間性。

 

37.2度のくせに冷えピタがほしくなるし、ポカリスエットを買ってきてもらいたくなるし、氷まくらも作ってもらいたくなる。

37.2度のくせに体調不良を露骨にアッピールし、「大丈夫?」のひと声を少しでも求めるウザい人間に成り下がる。

 

それが、身近な極限状態に立たされた私という人間である。

これが、ただただ情けない。

 

「熱があっても働かなきゃいけない社会がおかしい」といった意見もあるかもしれないが、そういう問題はさておきだ。なんでも風邪のせいにすれば許されると思っている自分自身の弱さを、もう少しどうにかしなきゃいかんのではと思う、37.2度の今日だった。

 

 

(前回はこちら)

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