わたしのしごと 俺以外俺じゃないけどこんなの俺じゃない -Story 3-【連載小説】

2016/7/22 18:46 ネタりか自由帳

by  小野美由紀

【前回までのあらすじ】

歌舞伎町にある「バー漆黒」。誰でも雇うという噂を聞きつけた美園はさっそく面接を受けて働き始めるが、退屈な毎日だった。「仕事を愛せない人は、自分も愛せない」と言われて考え込む美園。今日こそ何かが起きるのかもしれない。Story1はコチラ。

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 黒ずんだカラスの死体が一羽、歌舞伎町の路上に落ちていた。
   地面を舐めるようなビル影に混じり、フォルムの細部は見えない。
   俺はカメラを取り出すと、ファインダーを覗きカシャリ、と撮った。

 

 誰に見せるわけでもない写真だ。どうせこんなもの、金にはならない。誰にも評価されはしない。HDDの膨大なメモリの底に消えてゆくだけの、たわいもない「作品」だ。
 俺はカメラをしまうと、すぐそばにある古いビルへと入っていった。「漆黒」と書かれた看板が、薄墨を刷いたような7月の夕暮れの中、仄かに光っている。

 

 さっき仕事を終えたばかりのカメラのメモリには、吸い付くような桃色の肌をした女の体がたくさん写っていた。人気絶頂のアイドル女優、三橋桃花だ。

「おや、岸沼さん。お久しぶりですね」

 店に入った途端、マスターが声をかけてきた。今日はマスターと俺一人だろうか。俺はホッとして、ドサリとカメラバッグを隣の席に置いた。

 

 薄青い照明の下、壁に並んだグラスたちがひんやりとした光を放ち、黒いカウンターテーブルの隅では水盆に活けられた夏水仙が静かに佇んでいる。

仕事の行き詰まりを一人で消化するには、この場所は最適だ。

 

「いつも通り、ボウモアの12年でよろしいですか? 今日は蒸し暑いので、ソーダ割りがよろしいかと」

 マスターの声色には抑揚がない。どんな会話にも、必要以上の感情を含ませず、それでいて温かだ。つい、普段は人に話さないようなことも話してしまいそうになる。

 

「あ、岸沼さん」

その時、カウンター奥のバックヤードからバイトの女がヒョイっと顔を出した。2ヶ月ほど前に入った美園とかいう女だ。

 

「お久しぶりですねぇ、お仕事忙しかったんですかぁ?」
すっかり気分を害した。せっかくの静けさが台無しだ。

 

 何も考えていなさそうなこいつの喋り方は、賑やかで明るいというより単に騒々しい。ここに通いはじめて以来、何人かのバイトの子を見てきたが、こんなにもこの店に似つかわしくない女は初めてだ。一体なぜマスターは、こんなやつを雇ったんだ?

 

 椅子に置かれたカメラバッグをちらりと見て、美園は
「今日も撮影だったんですかぁ? またSKY36のメンバーですか?」と言う。

 

 気が利かないくせに、やたらと絡んでくるからこいつは始末が悪い。
「まあ、そんなとこだよ」

 

 先ほど、俺はSKY36の卒業生である三橋桃花の3冊目の写真集の撮影を終えたところだった。
 あいつ、グループにいた頃はランキング下位をさまよっていたのに、脱退して女優業に転向した頃から急にブレイクしたんだよな。人気の深夜ドラマに出演しはじめた途端、急に態度が偉そうになった。ったく、アイドルのご機嫌取りは大変だぜ。

 

「すっご〜い、ですねぇ。売れっ子アイドルの写真集をバンバン撮ってるカメラマン、なんて。かっこいい〜」
 頼んでもいないのに褒めてくる。合コンかよ?! こいつの言うことは毎回サガミ・オリジナルくらいに薄っぺらいのだ。俺はますますイライラした。

 

 バイトとしては、その前の麗華の方がずっと良かった。仕事で数え切れないほど撮ってきた、上っ面だけのアイドルより、一度見たら忘れられない彼女の醜い顔の方がよっぽど俺の興味を引いた。なんつうか、あいつの顔は人間が心の奥に持っている他人に対する恐れや不安をざわめかせるのだ。怖いけど目が離せない。

 

 仕事でたくさんの人間に会っていると、何かを持っている人間と持っていない人間の区別が次第につくようになる。あいつは確実に「何かを持っていた」……プライベートで撮らせてくれと頼もうか迷っているうちに、店を辞めてしまったけれど。

 

 俺は、どっちだろう。毎日人を撮ってはいるが、他人に撮られることは滅多にない。他人のファインダーごしの俺は「持っている」側の人間に、見えるだろうか。

 

 美園は再びバックヤードに戻って行く。マスターは俺の不機嫌を感じ取ったのか、取りなすように
「しかし、岸沼さん、本当にご活躍のようですねぇ」と言った。

 

「……はっ、やめてください」ウィスキーグラスを握る手に力がこもる。

 

「こんなの、ただの頼まれ仕事ですよ。別に俺は、アイドルの専属カメラマンになったわけじゃない。今だって、辞めようと思えばいつでも辞められるんだ」

 

「……ご自身ではあまり気乗りがしないのですか?」

 

「そりゃ、そうでしょう」俺はカウンターに突っ伏して呻く。ここでなら本音を言っても許される気がして、俺は思わず心情を吐露した。

 

「本当はもっと、自分の表現を追求したいんですよ。今は、依頼がたくさん来るから仕方なくアイドルを撮っているけれど……俺のミューズは、その中にはいない」

 

 18歳の時、アラキに憧れ、いつか巨匠になってやると意気込み富山から上京した。写真学校を出た後にスタジオカメラマンとして3年ほど勤め、フリーランスになった。

 最初は苦しかったが徐々に雑誌の仕事が入るようになり、5年後にはそこそこ食べていけるようになった。転機が訪れたのはその頃だ。知り合いの編集者の紹介で、ある売れないアイドルの写真集を撮ることになった。

 予算は少なく編集者もマネージャーもやる気がなく、裁量は俺に任せきりだった。俺は憧れていたフランス人フォトグラファーの特殊な光の加減と世界観を見よう見まねで再現し、どうにかして彼女の個性を表現しようとした。幸い、その写真集はファンに好評を得た。ちょうどその頃、彼女がバラエティ番組に出演し新たなキャラで注目を集めはじめ、写真集は売れ、彼女もブレイクした。俺自身も評価され、仕事がバンバン入りはじめた。

 俺は舞い上がった。ようやく俺の才能が世に認められる時が来たのだ。

 

 ただしーー「写真家」としてではなく「アイドルのグラビアを”ウマく”撮るカメラマン」として。

 

 来るのはアイドルの写真集のオファーばかり。下手に工夫するとイメージが崩れるからやめろと言われ、俺自身の「こう撮りたい」という希望は様々な都合によって無視された。事務所の意見が最優先。そもそもどれだけ俺が工夫を凝らしたところで、印刷所の最終調整で「もっと肌を白く」とか「太ももを細く」といった事務所からの要望によって、彼女たちの姿は加工され、いくらでも変わる。書店に並ぶ頃にはすっかり「俺の写真」ではなくなっていた。売れ行きは流行と、彼女たちの水着の面積で容易に変わり、テキトーに撮っても、真剣に撮っても、成果には全く関係がない。

 

 俺はそのことに我慢がならなかった。
 どうして、誰も俺にもっとアーティスティックな仕事を依頼してこない?

 

 俺が撮りたいのは、分かりやすく消費され、1年も過ぎれば誰も覚えていないようなクライアント・ワークじゃない。安っぽいタレントのご機嫌伺いをするために、写真のリテラシーを欠片も持ち合わせていないアイドルオタクが喜ぶ写真を撮るために、俺はこの世界に入ったわけじゃない。

 俺はカメラマンではなく、写真家になりたいのだ。
 シノヤマではダメだ。アラキなのだ。俺が目指すのは。

 人の心に突き刺さる、誰も見たことも撮ったこともないような新しいイメージを撮りたい。個性を爆発させ、誰にも指図されず、ありのままの俺の感性で撮った写真で人々に認められたい。

 

「誰にでも撮れるもん撮って一生を終えるなんて、俺は絶対に嫌だ。死ぬまでに、なんとかして社会に爪痕を残したいんですよ。……ねえ、マスター。それって、そんなにおかしなことですかね?」

 

 マスターはしばらく口を閉ざし、じっと目の前の宙を見つめていた。考えている、って風でもない。
まるで彼の頭の中の、長い年月を経て蓄積された幾千の歯車が高速で回転して、ぴたりとある一つの形に噛み合うのを待っているみたいだ。
 そのうち、彼はゆっくりと話し出した。

 

「僕は若いときに、絵を描いていたことがありまして」

 

 俺はびっくりした。マスターにそんな過去があったなんて初耳だ。
 彼は淡々と続ける。

 

「学生の頃、どうしても舞妓さんをモデルに描きたくて、京都の花街に出入りしていたことがあるんですよ。ああいうところは通常は男子禁制なんですが、なぜか僕は出入りを許されてね。置屋さん……ああ、舞妓さんや、舞妓さん見習いの方々を抱えている家をそう呼ぶんですが、中で絵を描かせてもらえることになったんです」

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 桜散る京都の小路を、青々とうなじを刈り上げた紅顔の青年がカンバス片手に行きつ戻りつする光景が目に浮かんだ。

 

「その時、置屋のおかみさんが言っていたことですがね。舞妓さんを目指して舞や唄などの修業を積む女の子たちは、最初は皆、なんだかんだで芸の中に、個性を出そうとするんですね。それを無理に押さえつけて、伝統の型を教え込む。若い子を型にはめるっていうのは、奔放に萌え出づる枝を矯めるようなものですから、当然痛みを伴います。皆、もがき苦しみながら、なんとか型を覚えようとする」

 

「ふぅーん、なんか、辛そう。私、そんなの絶対やだなぁ」と美園が横からちゃちゃを入れる。マスターはそれには答えず続けた。

 

「けれどね、そうして師匠の技をそっくりまねしたところで、完全なコピーになれるわけじゃない。ふっとした手の動き、うつむいた時の視線、足の踏み方。そうしたものに、どうやったってその人らしさが滲んでしまう。それは出そうとしたって出せるものではない。そこまで来たら、今度はそれを個性として認めてあげるのだそうです。その時には、彼女は彼女以外には出せない“色”を持つ、一人の舞妓さんとして完成しているのだそうですよ」

 

 マスターはそこでひと息をついた。

 

「……だからね、今もし自分らしい仕事ができていないと感じていたとしても、そんなに焦る必要はない、と僕は思うんですよ。型にはめられて初めて、どうしてもそこから溢れ出てしまう、自分の形に気づくこともありますから」

 

 夏水仙の花が、ぱさりと音を立てて水の上に落ちた。
 彼はそちらへ視線を向けながら、今度は誰に言うでもなく、付け加えた。

 

「“その人らしさ”なんて、どうあがいたってそう簡単に消えるもんじゃないですからねえ」

 

Story4へ続く  

 

【イラスト tent】

 

小野美由紀

1985年東京都生まれ。慶應大学文学部仏文学科卒業。Web・雑誌などを中心にコラムニストとして活躍している。14年12月、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)15年2月、単著のデビュー作となる『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』、15年7月、『人生に疲れたらスペイン巡礼 飲み・食べ・歩く800キロの旅』(光文社新書)を出版。最新エッセイ『キョーレツがいっぱい』 (幻冬舎plus+) が発売中。

Twitter:@MiUKi_None

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