飲料水のフッ素、ヒ素、鉄分、マンガンの含有量が安全基準を超えており、苦みや塩辛い味がすると...ケニ1さんのマークより [一覧]15時間13分前

ネタりか

ログイン
IDでもっと便利に[ 新規取得 ]

mixiアプリでもネタりかを読もう!

ネタりか > 大追跡一覧 > 大追跡詳細

「時代」を彩った男と女・あの人は今 元大相撲大関・KONISHIKIさん

2009/9/16 18:10
  • ブックマーク :
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • newsingに投稿
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿
  • Choixにブックマーク
  • イザ!ブックマーク
 元大相撲大関の小錦が引退したのは1997年11月の九州場所。年寄「佐ノ山」を襲名し、親方となったが、1年後に大相撲界を去り、故郷のハワイアンを熱唱するタレントに転向。芸名を「KONISHIKI」とした。

 引退の原因の一つがブレーキの利かなくなった肥満。相撲協会に残っているKONISHIKIさんの現役時代の公式最重量記録は284キロだが、引退前年は300キロを超えていたと言われている。
 大相撲界を辞めた後もこの肥満は一向に改善されず。ついに去年2月、タレント活動を休止してホノルルに戻り、胃袋の一部を切除し、小さくする究極のダイエットに踏み切った。
 この荒療治、まだ日本人ではやる者がほとんどおらず、肥満人間の多い元力士でも初めて。KONISHIKIさんは力士時代に厳しい稽古で鍛えていたため、内臓脂肪がほとんどついておらず、「3時間の手術予定がその半分で済んだ」という。
 半分、命がけでチャレンジした甲斐あって手術は大成功だった。手術直後は1日で10キロも減量するなど、おもしろいように体重が落ち、いまでは手術前の半分以下の130キロ。他の人から見ればまだ丸々と見えるが、以前に比べると体全体が別人のようにスリムになり、頬もすっかりこけた。
 しかし、なにもかも順調にいったワケではない。あまりにも急激に、それも強制的に体重を落としたため、体に対する負担は大きく、胃が痛くなって食事が摂れなくなったり、歩けなくなって車いすで移動したりしたこともたびたび。救急車で運ばれたこともあった。最近、ようやく症状も落ち着き、1年半休んでいたタレント活動を本格的に再開。この夏、あちこちのハワイアンショーに出演し、本場の歌を披露した。

◎舞の海が巨漢・小錦を打ち破るも大ケガ
 相撲の醍醐味の一つに「小よく大を制す」という取り組みがある。体の小さい力士が体の大きい力士を倒すことだ。
 そんな取り組みでやはり印象に残っているのが、巨漢・小錦と小兵・舞の海(現・解説者)であった。
 とくに96年7月場所の2日目。前頭8枚目の小錦と、同じく前頭11枚目の舞の海が対戦した。実力の差はさほど変わらなかったが、当時、300キロの小錦と100キロの舞の海との体重差は約200キロ。
 これまでも何度となく両者は対戦。力の衰えが顕著な小錦と技能賞5回の実績を持つ「技のデパート」舞の海とでは、舞の海が勝ち越しを収めていた(通算では7勝5敗)。
 この一番も舞の海が勝ちを収めたが、その時、舞の海の伸びた左ひざの上に小錦の巨体が直接乗り、舞の海は「左ひざ内側側副じん帯損傷」の大けがを負った。この傷は舞の海の引退まで引きずることとなった。

【関連記事】
イチロー 9年連続200本安打達成秘話
中村俊輔 “茸ヘア”の秘密
「時代」を彩った男と女 元東映フライヤーズ投手尾崎行雄編 29歳で引退した元凶はボウリングの“剛球”
ハマの大魔神 横浜監督に急浮上
“朝青病”伝染 白鵬よ、お前もか
2009/9/16 18:10 更新

リアルスポーツ

閉じる

前後の記事

この記事へのコメント

この記事へのコメント

コメントを投稿するにはログインして下さい。

マーカーツール

マーカーの使い方マーカーの使い方

マーカー機能

ON

OFF

みんなのマーク

みんなのマーク

0人がこの記事にマークしました。
みんなのマークを表示
※色の濃い部分がたくさんマークされた部分です

この記事にマークした人

    • ネタりかをYahoo!JAPANトップページの
      お気に入りに追加しよう!

    現在ご利用ができません。Cookieの設定を有効にするか、 ページを再読み込み、もしくはJavaScriptの設定を有効にしてから、お試しください。

    Myネタりか

    ランキング

    エンターテインメント トピックス

    ネタりかを読む方法はいろいろあります。