「子を産む責任」という女への圧力。「産まない」選択した山口智子、そして小泉今日子の言葉から考える

2016/2/17 02:00 messy

 山口智子オフィシャルサイトより 山口智子オフィシャルサイトより

 2月12日発売の雑誌「FRaU」(講談社)3月号に掲載された、山口智子(51)のロングインタビューが波紋を広げている。彼女は夫・唐沢寿明(52)とのあいだに子供をもうけなかったことについて、初めて「子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいました」と能動的な選択だったことを明言。当サイトでも取り上げたが、当該記事のコメント欄だけでなく、SNS上でも議論が活発化している。これを「逆に“懺悔の念”を感じさせる。若い女性たちに自身の生き方を反面教師にして欲しいという思いが強いのかも」と分析する“芸能評論家”もいた。

 女性が「私は産まない」と意思表示することが、これほど関心を呼ぶのは、「女性は全員、産むべき」という抑圧がいまだ機能していることの裏返しだ。しかも一枚岩ではなく、

(A)「女の肉体で生まれたからには、出産の悦びを!」派
(B)「社会保障制度存続のために産むべき(=社会構成員としての義務)」派
(C)「子育ての不自由を回避して自由を謳歌するのはワガママ女」派

 などなど、いくつもの抑圧が重なり合っている。BとCは近い側面を持つが、理屈ぬきの主張なだけにAが一番性質が悪いようにも思える。そういえば昨年、評論家の金美齢(82)が、「子供産まない自由を強調する女性は浅くて未熟」と繰り広げたことを覚えているだろうか(「SAPIO」2015年4月号/小学館)。

 これは、「AERA」(2015年2月16日号/朝日新聞出版)の「『子どもいらない』は人に非ずなのか」なる特集を受けての金美齢の提言だ。「AERA」特集では、世界に先がけて超少子高齢社会化する日本では昨今、出産礼賛の空気が漂い、女性が「子どもは欲しくない」とは決して口にできなくなっていることを問題視。蔓延する「出産・育児至上主義」に疑問を投げかけた。金美齢は、次のように主張。

『記事は、「出産礼賛な空気が行き過ぎれば、“圧力”になることも忘れてはいけない」と結ばれている。しかし、私はあえて言いたい。「子どもを産まない自由」を謳歌する女性は、それぐらいの“圧力”は受け入れなければならないと』

 「もちろん個人の自由は尊重する」としながらも、

『出産できる環境や状態にあるのに、「子どもいらない」と主張する女性は、人間としての責任を果たしていない』

 と断罪。彼女は現代の日本社会を、『むしろ、「子どもを産まない自由」が優遇されすぎている』『出産は個人の自由な選択であり、国や他人が口出しすることをタブーとする風潮が根強い』と感じているそうで、『AERA』特集の認識とは真逆だ。彼女は、子供を産まない選択をとる女性を『自由や権利ばかりを強調する女性』と決めつけている。

 彼女がそこまで「産まない女性」を糾弾する根拠のひとつが、「あなたの老後の世話を誰がみるの?」だ。

『年老いて介護が必要になれば、誰もが他人様の産んだ子供の世話になるはずだ。母親が10か月間、お腹のなかに子供を宿して痛い思いで出産し、大変な苦労をして育ててきた若い子の世話になる。そのことをどう思うか、「子どもいらない」と主張する女性たちに聞いてみたいものだ』

 と、くる。彼女の論調は「子供が親の介護をすることが当然」という前提で成り立つが、実子はいるが介護してもらえない、あるいは介護は実子でなく専門職従事者に頼みたいという高齢者がいることなどは抜け落ちている。しかし彼女はこうした論理をもって、『「子どもを産まない自由」ばかり主張するのは、あまりに浅くて未熟な考えだ。命はつながっているし、これからもつなげる必要がある』と締めくくる。

 金美齢の主張をそのまま読むと、出産と育児をおこなうことで、女性は自由を謳歌できなくなるが、しかしそれを引き受けることが女性の責任、となる。こうした文章を書いておきながら、それでも「女性は抑圧されていない」とし、「圧力を受けなければいけない」というわけだから、びっくりする。ちなみに『AERA』2016年2月8日号の特集は『ひとり好きだけど子どもが欲しい』だった。産まなくても社会に残せるものがある

 山口智子は「FRaU」誌上で、子を産まない理由として「私は特殊な育ち方をしているので、血の結びつきを全く信用していない」ことをあげている。彼女が栃木の老舗旅館の娘であったことは有名だが、幼少期に母がその家を出て行き、旅館をひとりで切り盛りする祖母に育てられたという。山口も女将として旅館を継ぐことを求められていたのか、同誌インタビューには、「週末もよく宴会の準備や片付けを手伝わされました。友だちと遊ぶ暇があったら家で修業しろ、と」とある。しかし山口は「自分を犠牲にして家業に尽くす祖母の生き方」を反面教師にし、「『家』という宿命に縛られるのではなく、自分自身が後悔しない人生を自分で選び取りたい」と強く願い、家を出て東京でモデルになり、女優としてブレイクし、結婚した。だから彼女は本当に「一片の後悔もない」のかもしれない。自分で選び取った道を歩いてきたのだから。

 山口智子と同世代で、子供を産まなかった著名な女性といえば、小泉今日子(50)がいる。96年から04年まで俳優の永瀬正敏と結婚していたが、現在は独身だ。小泉もまた、かつて「子供を産まなかったこと」について記していた。05年に読売新聞の読書委員に就任し「日曜読書面」での執筆を開始した彼女は、小説『四十九日のレシピ』(伊吹有喜/ポプラ社)の書評で、「四十歳を過ぎた私の人生の中で、やり残したことがあるとしたら自分の子供を持つことだ」と書いた。「時間に限りのあることだから、ある年齢を過ぎた女性なら一度は真剣に考えたことがあると思う。家族の再生を描いた心優しいこの物語を読んで、私はそんな思いから少しだけ解放された」と。

 『四十九日のレシピ』は、ある家族の母(=父の再婚相手)だった女性が71歳で亡くなり、残された家族たちがそれぞれの傷から立ち直ろうともがく姿を描いた作品。父の娘である百合子は不妊治療を経たが子供を産めず、20年以上付き合ってきた夫の不倫も知ってしまった。父・良平は妻をなくした喪失感と、最後に妻に投げつけた言葉への後悔で茫然自失。彼らと、家族以外の「母」を知る人々との交流。キャッチコピーは「わたしがいなくなっても、あなたが明日を生きていけるように。大切な人を亡くしたひとつの家族が、再生に向かうまでの四十九日間。」だった。

 小泉は自身50歳の誕生日であった2月4日に発売され即重版となるほど売れているカルチャー誌『MEKURU』小泉今日子特集内のロングインタビューにて、「会社勤めをしていたら60歳で定年だし、社会の中で何かを残すとしたら、あと10年だと思っていて。そうすると、やっぱりあんまり時間がないから、あとから歩いてくる人たちが歩きやすいような道を整えたいと思いますね」と発言もしている。

 子供を産まなかったからといって、「社会に何も残せない」わけでも、「責任を果たせない」わけでもないのだ。

(ヒポポ照子)

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