森光子が故・水の江瀧子さんに追悼コメント「今頃は裕次郎さんとお会いに…」
2009/11/21 19:55
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森光子 (C)ORICON DD inc.
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森光子の写真付きプロフ
13歳のころ、京都で松竹少女歌劇団の『タンゴ・ローザ』というレビューを観て、主演のターキーさんに強く魅かれました。
当時、ターキーさんはものすごく人気があって、何としても観たいと南座に駆けつけました。
70年以上も前に一度聞いただけなのに、主題歌は今でも歌えます。
翻す裳裾(もすそ)の風に 夏の日の灯(ともしび)は揺れ
口ずさむ恋の小唄に スペインの赤き地は燃ゆ
京都で生まれ育った私にとりまして、ターキーさんの男装は、眩しく、モダンで、
夢のようでした。
その後、レビューから引退なさいましたが、お心の内も男気のある方で、松竹歌劇団に
属する皆さんの生活を守るために、労働組合の闘士としても率先して活動されました。
ターキーさん熱心でいらしたからこそ、会社が動いたと聞きます。
当時の団員の皆さんからはさぞ感謝されたことでしょう。
日活のプロデューサーとしても、裕次郎さんとゆるぎない信頼関係を築いていらっしゃった
からこそ、多くの企画が生まれたのだと思います。
ターキーさん、今頃は裕次郎さんとお会いになっているのでしょうね。
寂しいです。
平成21年11月21日
森光子
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